荒馬と女

Amazon Primeジョン・ヒューストン「荒馬と女」(1961年)を観る。本作に出演しているマリリン・モンローはこの時で34、5歳か。最初の登場シーンで、あの人口に膾炙したイメージのマリリン・モンローとはかなり違う容貌に思えて、不意打ちを食らう感じがある。とはいえこれこそが本来の、あのイメージを背負っていた女性のそのものの姿なのではないか、そう思いたくなるような、これは何か、ひとまずじっくりと見るしかないような不思議な時間の流れがある気がする。

とはいえ彼女が演じるロズリンも、これまでのマリリン・モンロー的女性像をおおむね踏襲しているとは言えるだろう。図らずもあらゆる男の気を惹いてしまい、成り行き上関係が結ばれ、それが上手くいかずに壊れて、離婚手続きやなんかの過程で、また別の男から目を付けられ、相変わらずいい寄られる。その繰り返しを生きるよりほかない女性像そのものを、結果的にはこれが遺作になるだろうマリリン・モンローが演じている。

しかし今更ながら、これほど「完璧なる媚態」があるだろうかと思わされる。マリリン・モンロー、半端じゃなくすごい。これは、その虜になって新作が封切りされるごとに映画館に通わされる人が多くいただろうというのもむべなるかなと思う。「君はじつに美しい」みたいなことを、こらえきれずに車中でついクラーク・ゲーブルが口にしてしまうけど、その車中でまどろみから目覚めたモンローは、ほんとうに白く輝いているかのようで、あの眠り顔から目を開けて、ほとんど痴呆的に固まってる瞬間の表情とか、マジでこれはヤバいでしょうと…。これをもし、本人が充分にわかっていて、それをやれば受けるのだと知って、意図してやってるのだとしても、ここまでの凄さを表出できるなら、これはもう賞賛するよりほかないでしょう、、というような表情をしている。というかたぶん、その自らに宿る「パワー」こそが、マリリン・モンローという人物自身を、苦しめたのだろうけど。

この映画は、ものすごく魅力的だけど相手の立場とか空気とかをまるで読む気がなくて、でも妙な駆け引きも政治も仕掛けない、ある意味純朴で、ばかで、でもそこがかわいいとある視点からは思われるような、自分勝手な自他溶け合ったイメージの培養をそのまま渡しても、それを黙って受け入れてくれるような、そんなあきらめの許容をもった女がいて、それに三人の男がふりまわされるという映画で、そういう意味でクラーク・ゲーブルという俳優は、じつにぴったり来る道具というか、適材そのものというか、じつに頼もしい物語の牽引役だなと思った。あの皮肉っぽい笑顔を浮かべながら、マリリン・モンローに対してちゃんと対峙できるのは彼だけだ。モンゴメリー・クリフトももう一人の飛行機乗りも、まるで恥を晒すために登場しているかのようだ。とはいえ愚鈍と聡明で言えば、もっとも愚鈍なのはクラーク・ゲーブルであり彼だけがモンローと同じ場所にとどまる。ふだんの我々が、愚鈍だけは避けたい、なるべく、できるだけ、少なくとも人目につく範囲では、聡明でありたい、、と思うようなレベルにおいて、モンローとゲーブルだけが、そこから外れる。だからこそ彼らが映画スターなのだろうと思う。それにしても、カウボーイをあきらめるきっかけが、あの遠くで大騒ぎしてる女の言いなりになることからでしか見いだせなかったのだとすれば、それはそれでむなしい。終始何の役にも立たない中途半端なモンゴメリー・クリフトは、しかし彼はまだ若くて、だからこそまだ未知の将来がある。彼が不甲斐ないのは、だからそれでいいのだ。

この映画の終盤、野生の馬たちを捕獲する場面の、あの広大な、現実とは思えない、色も凹凸もない、ほとんど抽象空間のような時空があらわれて、そこを複葉機が低空飛行し、馬が走り、トラックが疾走するのを見ていて、けっこう唖然とした。これはアメリカという土壌の空間的スケール感のすごさなのか、この映画の映画的なすごさなのか、あまり判然としないまま、目の前で展開されているもののすごさに驚いていた。

複葉機が着陸してトラックの傍らに近づいてくるとか、こんなシーン日本では絶対に撮れないよな・・・と思った。自動車と飛行機が互いの顔を近づけるって、これこそマンガでしかありえないだろうと思う。そのあとトラックの荷台から、クラーク・ゲーブルモンゴメリー・クリフトが共同で投げ縄で疾走する馬を捕えていく。縄にかかった馬は巨大なタイヤの重しを引きずらされ足止めされる。おお…これこそオルカ号とジョーズとの対決ではないか…と思う。だから最後、クラーク・ゲーブルが単独で一頭の馬を捕えなおそうとするとき、あれは(たぶん誰もがそう思うだろうけど)これで、彼はきっと死ぬだろうなと、あの馬に蹴られて彼は、白鯨のエイハブのように、あるいはジョーズロバート・ショウのように死ぬのだろうなと思った。

でも、死ななくて良かったですね…という感じだった。(僕の勝手な記憶というか妄想で、この映画ではモンローかゲーブルが死ぬものだと思い込んでいたので、終わったら、なんかキツネにつままれたような気がした。)