フジロック配信3日目を見ていて、グレース・バウワーズ&ザ・ホッジ・ポッジをはじめて知った。へえ…こういう若い女性が出てきたのだなあ、と思う。2日目のVULFPECKのステージに一曲だけ登場した女性はマヤ・デライラだった。この人もグレース・バウワーズもそうだが、女性でこういうギターを弾く人は、これまであまりいなかった。

女性のギタリストはもちろん珍しくない、しかしスローブルースや、ミディアムテンポのソロを取る女性ギタリストは、ぼくはあまり、見たことない。しかしマヤ・デライラは、真正面からそういう感じである。

また土臭いブルースロックやブギーやハードめな三連符でゴリゴリ昔風にギターを弾きまくる女性も見たことないけど、未だ十代のグレース・バウワーズはそうである。

この手のギター音楽が、如何にこれまで男性主体で考えられてきたか、それは音楽というよりも、事実上ほぼ、男性の趣味みたいな感じだったのではないか。ギターソロを聴き何かを感じ取ることが、男性の枠内でしか想定されてなかったというのが、彼女らの登場で如実に知らされたという印象がある。

男が演奏したり聴いたりするギターは、いつまでも長々と続いて、自己陶酔的、自己顕示的、自己満足的で、それを女は、なかばうんざりしつつも、はいはい、どうぞやってくださいと仕方なく受け入れるみたいな、きわめて雑で単純な物言いがあるとしたら、単に女がそれをやれば、こういう構図は、簡単に崩れてしまうということか。

まあグレース・バウワーズは、バンドメンバーの屈強な男性たちに囲まれて渋いギターを弾く若き紅一点というステロタイプを踏襲してはいるので、すごく新しいわけではなくむしろ保守的なのだが、楽曲は古臭さ全開というわけでもなく今風なテイストもしっかり効いているので、レトロとかではない、今の音楽としてやっているのだと思う。

マヤ・デライラもブルーノート所属だしジャンル的には何も新しくない。ギミックもスタイル先行もない、音楽の品質だけでやってる人である。

両者の音楽はだからそれぞれ何のバイアスもなく聴けるのだけど、しかし突然といった具合に「ああいうギター」が聴こえてくると、つい「え?」と驚いてしまうのは、おそらく自分の古臭くなった感覚ゆえだ。