スガダイローのピアノソロのアルバムを聴いていると、ダラー・ブランド(アブドゥーラ・イブラヒム)の「アフリカン・ピアノ」がふと思い起こされる。音の一粒一粒の、大きさが似ているというか、たまたま同じ尺度の定規を使ってるような感じがする。
「アフリカン・ピアノ」は二十代の頃に何度も聴いた。当時手当たり次第に聴いたいろいろなジャズのレコードのなかでも、もっともくりかえし聴いたのではないかとさえ思うが、そうでもないかもしれない。アルバム全編にくりかえしの感じが、強く漂うからそう思うのかもしれない。
久々に聴いたらさすがに音はまあまあだが、じつに生々しい実況録音で、ピアノ演奏のみの40分弱を、最初から最後まで力任せに、一気に駆け抜けていく演奏で、若い頃聴いた音楽は、何十年ぶりに聴いてもすみずみまでしっかり記憶に残っているので、いま違和感を感じるのは音質だけだ。形式あるいは武器として外側から入手した強固なリズムと、演奏者個人のぐずぐずとした内面的なものとの混交が、絶妙な案配に絡まって、一発録りの荒々しさが、ECMというヨーロッパ・パッケージに収められて、ある種の手軽さ、取り扱いやすさにまとまっている。
今やどんなピアニストでも、ソロでさすがにキース・ジャレットのような陶酔は不可能だろうが、ダラー・ブランド的に、であればまだ、アリだと思えるのではないか。