子母澤寛という作家については何も知らなかったのだが、「味覚極楽」という本が本棚にあり、それをたまたま読んでいて、あとがきや著者紹介で著者についてはじめて知る。一八九二年に生まれて、一九六八年に死去。新聞記者出身で、その後作家に転身し、歴史小説を多く著している。

「味覚極楽」は子母澤寛がまだ新聞記者だった時代の、食に関する様々な業界の様々な人物へ聞き取りを題材にした昭和二年の新聞連載で、戦後になって各話に当時をめぐるエッセイを加えて昭和三〇年に刊行されたもの。

聞き取りの相手は貴族とか実業家とか政治家とか軍人とか、その時代を感じさせる。東京の具体的な地名とか店名も多く出てくるのだが、それらの店は、今ほとんどが存在しないだろう。上野の蓮玉庵や神田の藪そばなど、今もあるところはあるが。

あそこの店は美味いだの、あそこはそうでもないだの、こういう食い方が良いだの悪いだの、こういうエッセイは、昔も今も、百年間もずっと、同じような話をしている。

ただ、同じような話ではあるけど、今と当時の常識に、ほんのわずかな差というかズレがある。常識というか共通理解と思って信じられてるもの、言わなくても通じるとされているものに、時間の経過によるズレがある。

外食というのは不変である。都会に暮らす近代人の生活とは、つまり外食で生きるということでもある。そして今も昔も、昔がなつかしい、それも不変だ。

東京の市井はじょじょに変貌する。「ご維新」前後、震災前後、敗戦前後と区切りを入れたくなるポイントがあり、それらすべてを実体験した人間はほぼいないし、十年や十五年の年齢差における世代間ギャップも当然あり、郷愁や失望も各々に固有なものとして胸にだきしめている。共通なのは、誰もが昔を懐かしんでることだ。昔は良かったと誰もが思う、それなのに今あるものは、なぜか次々と消えてしまう。