子母澤寛「味覚極楽」には会見相手として、ラス・ビハリ・ボースも出てくる。インド独立運動の重要人物としてイギリスに追われ、日本へ逃亡し新宿中村屋に身を隠していた時期だろう。

当時と今とでは情勢が違う。当たり前だが、しかし隔世の感がある。アジア独立運動の志を同じくするとの理由から、政治活動家を国家として外国から匿うのだから、今では考えられない話である。

右翼の頭山満らによって、ボーズは中村屋の相馬愛蔵に紹介され、そこへ匿われる。それにしてもなぜ中村屋なのか、あまりにも突拍子がないけど、だからこそ隠れ家として意味がある。相馬愛蔵も義心と熱意をもって彼を迎えたらしい。

「ボースさん」として新聞が掲載する。インドのカレーは、日本に流通しているものとはぜんぜん違う、日本のカレーはニセモノですとボースさんは語る。食べてみたら、カレーも骨付き鶏肉も、たしかに違う、とくに香辛料の口内の広がりと効き目が、まるで違うと新聞記者時代の子母澤寛は感じ、何十年か経ってそのことを思い出す。

人が食の感覚や味に求める何かは、たぶん百年経っても大きく変わらない。ボースさんが持ち込んだインドカレーの味は百年経った今でも受け継がれているのだろう。

とはいえ右翼活動家も、左翼活動家も、政治家も、財界人も、商人も、労働者も、農民も、軍人も、ヤクザも、マスコミも、毎日芸者と遊んでる旦那衆も、貧乏学生も、芸術家も、誰もがこのあと、未曽有の情勢へ向かって突き進んでいく。とにかく変わりたい、動きたい、何かをやったことにしたいと思う人はいて、いつの時代でも、そんな人たちの声は、常に大きい。

ところで中村屋の「純印度式カリー」を食べたことはない。カレーなら湯島デリーのカシミールだけを偏愛しています。