どくとるマンボウ航海記


十月に読んだ本の中では「どくとるマンボウ航海記」がすごく好きだった。この語りの感じ、このグルーヴは本当にいい。端正で正確で裏打ちされた技術の高さがあって安定していて、そういう基本要件の高さが眩しいほどで、その上でさまざまな出来事の明滅があって、ひとつひとつがまばゆいばかりなのに、それを別に何の修飾もなく平然と投げ出して、当たり前のように出しては捨て、出しては捨て、最後に体裁を整えてひとまとめにするだけ。達人の料理。もはや贅沢のきわみというか、なんというかもう、教養とか経験とか言葉への信頼とかありとあらゆるものが違うという感じだ。北杜夫すごい。こういう人って音楽家にたとえたら生まれて三年かそこらでもうピアノを弾いてたとかギターを完璧に弾いてたとか、そういうたぐいの人ではなかろうか。もう言葉を操る者としての次元が凡百とは明確に違うという感じだ。