2023-06-01から1ヶ月間の記事一覧
Amazon Primeでホン・サンス「あなたの顔の前に」(2021年)を一年ぶりに再見。やはり素晴らしかった。これはいったい何だったのかを、もはや考えたくなくて、これはもう、何の説明もなく、見たことそのままで良い。そのままにしておきたい。 たとえば映画で、…
フレーミング、ショット、モンタージュが、ひとつの流れを示すとして、ならば流れとは何か?流れ。そう言ったすぐに、時系列的なものを思い浮かべてしまうからいけないのだ。 流れとは物事の順序立てた説明ではない。流れとは、たとえば川の流れのようなもの…
はっぴいえんどのアルバムなら「ライブ!! はっぴいえんど」がいちばん好きで、というよりもこればかり聴くので、もしオリジナルアルバム三枚の視聴回数とくらべても「ライブ!! 」一枚だけで他とは桁が違うはず。1973年に録音されていて、翌年1月に発売とのこ…
千葉雅也の小説「エレクトリック」で、主人公達也の父親の部屋には「小瓶に入った田宮のプラモデルの塗料は、すべての色をラックまるごと買ってある」ので、達也は幼少の頃、その小瓶を開けて匂いを嗅いだり、混ぜ合わせたりして「ジッケン」と称して遊んで…
この季節の、夕方を過ぎて十九時を目前にした時間の空を見上げると、毎年のように、この季節だな…と思う。空の色の、まだ光を含んで鈍く明るいところから、少しずつ青色が濃くなっていき、諧調の終端まで行き着いて暗闇へと、まるでプラネタリウムを見ている…
千葉雅也「エレクトリック」を読んだ。面白かった。「それは誠」もそうだけど、みんな頭のいい高校生ばっかりだな。 家があって、家族があって、父親がいる。権力者であると同時に、主人公である長男、達也の父であり、友人でもある。父であり友人であり権力…
文學界2023年6月号の、乗代雄介「それは誠」を読んだ。面白かった。今まで読んだ乗代雄介作品のなかでもっとも好きかもしれない。 修学旅行二日目の自由行動班として編成された高校生男女のグループ、主人公佐田誠を含むその男子生徒四人による自由行動の一…
いくら自宅で時間をかけて作っても、ふつうの居酒屋に出てくる白モツ煮込みには、絶対にかなわない、どれほどがんばっても、あの美味しさにはかなわないと、これまで思ってきたのだけど、久々に地元の駅前の安っぽい店で注文した煮込みを口にして、あ、これ…
Ballad Of A Thin Man を初めて聞いたのは、たぶん高校の時だと思うけど、誰が歌ってたのを聴いたんだったか。たしかボブ・ディランではなかった気がする。高校時代、ボブ・ディランはほぼ聴いてない。しかしこの曲の旋律だけは、たしかに当時聴いたはず。な…
ハートランドの瓶の、深く沈んで透き通る緑色も、手に持ったときのガラスの重みと冷たさも、つねに好ましくて、栓を抜いて瓶を傾けてきちんと磨いたグラスに注ぐ、その音とともに立ち昇ってくる香りが芳ばしく、なぜかふと、張り替えたばかりの畳の香りを思…
理由はわからないけど、駅の改札へ続く階段の手前に立っていたその女性は、たぶん猛烈に怒っていた。 その直前に降りはじめた雨はなぜか、お湯のようにあたたかくて、そのせいで景色全体が、湯気で濛々と靄がかかって、やたらと反射光のまぶしい異様な雰囲気…
それにしても、昨日の暑さにはやられた。野火止用水に沿って、武蔵野美術大学まで歩いたのだけど、快適だったのははじめのうちだけで、あまりの炎天下に、あわや遭難寸前の状態におちいった。小平市は緑豊かで平坦でのんびりした雰囲気の土地なのだけど、こ…
西武線の小川駅に、かつて自分の通った高校はある。久々にその駅に降り立ち、おそらく三十年ぶりに、学校までの道を歩いてみた。 駅から校門までの道のりは何通りかあって、いずれにせよおよそ15分から20分くらいは掛かるのだが、すべてがうろ覚えで、いま歩…
youtubeでたまたま見つけた昔のテレビ番組(「そこが知りたい あなたの知らない上野駅」(1984年))を最後まで見てしまった。番組冒頭での、荻昌弘の一人語りの、あまりにもっともらしい、堂々たる語りっぷりに感心した。こういう言い方、こういう語り草は、も…
骨付き肉は、最初はナイフとフォークを使うとしても最後はかならず手掴みで口に運ぶ。レストランでも大抵それをするので、見かねた店員が苦笑まじりにフィンガーボウルなど持ってきてくれたりする。骨付き肉はそこまでして食べるべきものだと思う。骨と肉の…
こうしてまがりなりにもほぼ毎日何か書いていると、それは半分以上、義務感というか、受け身的な感覚で書かれたものになる。書きたいことを書いているという感じでもなくて、そういう主体性が根本にあるわけではない感じになってくる。もともと、主体的取り…
パスタを、ずるずると音を立てて啜る必要がないのは、そんなことをせず、ふつうにフォークで取ったものを口に運ぶだけで美味しいからだろうと思う。 蕎麦やラーメンを、ずるずると音を立てて啜る、その理由は、そうじゃないと美味しくないからだ。 蕎麦やラ…
オンラインで商品説明を受けていた。モニターに大写しになったその女性は、艶のある肌にくっきりとした目鼻立ちで、長い髪をゆったりと揺さぶって、笑顔も喋り方もきちんと仕上げられていて、声も話し方の間合いも、愛想笑いや応答の間も、おおむねすばらし…
ビートルズがリヴァプールで結成されハンブルグで下積みしたとの話は、ずいぶん昔に本などで知ったけど、そのせいで、つまりイギリスという国にリヴァプールという街があって、おそらくその隣町か近郊に、ハンブルグという街があるのだろうと思い込んだ。今…
大沢昌助の作品が具象表現であった時代は大体1950年代までだが、この時代にも素晴らしい作品が幾つかある。たとえば「仕事場」(1954年)の素晴らしさ。ボリューム感と色彩の絶妙さ。なにしろこの人物の左手と右手の、位置と表情、大きさ、画面全体との関係が…
練馬区立美術館で「生誕120年 大沢昌助展」を観る。大沢昌助。1903年生まれ、1997年に93歳で死去。ほとんど20世紀の全部。作品は20年代から没年まで、途切れることなく制作されている。これほどまとまった分量でその作品群を観るのは、(自分は)はじめてだ。 …
毎朝、9両目の1番目のホームドアの前で待つのだが、そのアクリル板に付着したおそらく吐瀉物の汚れがいつも気になる。もう数か月前から消えずに残っていて、これまで数回、雨も降ったし、先日など台風のような豪雨だったけど、それでもまだ残っている。ホー…
幾日過ぎても、まったく何も変わらない景色を想像する。大陸横断列車の車窓風景とか、砂漠のハイウェイとか、太平洋を横断する舟の甲板から見た海とか、宇宙船の中から見た真っ暗な空とか。自分が動いているはずだが、見ている背景が変化しない。つまり自分…
神社の鳥居をくぐるときや、神殿の前に立つときに、自分は礼もせず手も合わせない。ただしそういう場所であることはわかっているので、少しずれた位置で、出来るだけ端の方を選んで、見学客の態度で境内を歩く。建物を眺め、作法の通り参拝する人々の様子を…
パイという食べ物をはじめて知ったのは、子供の頃に読んだ絵本からで、それが何という本だったのか今も思い出せないのだけど、さくらんぼパイがたくさん出てきて、それが乱れ飛ぶというか、そのパイの中に詰まった赤いものが大量に飛び出て、登場人物たちを…
和歌山を旅行したのは、もう二十年以上前だ。新宮駅に降り立って、旅館に辿りついて、今なら絶対に選ばないような粗末な旅館だったけれども、我々も若かったから、あれはあれで楽しかった。翌日から新宮の図書館を経て、速玉、本宮、那智勝浦と神社を巡り、…
川村記念美術館で「芸術家たちの南仏」展を観た。こじんまりとした展示だったけど面白かった。アンリ・マンギャンとか、アンリ・マルタンとか、アンドレ・ドランとか、当時マティスと親交があり、共に同じ方向性をもって制作を続けていた画家たちの作品が、…
小説に書かれたことを、勝手に勘違いして、その意味内容とは別の意味にとらえて、そのままおぼえていたとしたら、それはそれで、とても幸福なことで、読んだ翌日すぐに忘れてしまうよりは、間違って覚えていた方が、よほど良いことだ。いつかその箇所を読み…
今から二十年ほど前の制作写真がたくさん出てきた。それらを見返していて、思わずため息が出た。 過去が今に告げてくる、がむしゃらさの持続、その熱量が、今になって見れば空しくてバカバカしく見えるかというとそんなことはなくて、むしろ今へ強く働きかけ…
たとえば手に持ったスマホを取り落としそうになるとき、意識より先に手がおどろいて、あわてて虚空をまさぐるような動きになる。手がそれまで自分に掛かっていたはずの荷重の、急激な喪失変化に驚いて、自分の安定を見失いそうになって、とにかく「掴まるも…