2020-10-01から1ヶ月間の記事一覧
新宿シネマカリテでブレッソン「バルタザールどこへ行く」(1966年)を観る。 オートバイ(というよりも原動機付自転車)、トランジスタラジオから流れる歌謡曲のけたたましい放送音、明らかに二十世紀後半に時代背景が設定されているはずだが、まるでそんな感じ…
大岡昇平「捉まるまで」は素晴らしくて、何度でも読み返したくなる。 彼はそのまま歩き出し、四、五歩歩いて私の視野の右手を蔽う萱に隠れた。(前に書くのを忘れたが、私の右手山上陣地の方向は、勾配のかげんで一寸した高みとなり、その方は伏した私の位置…
ふだん有給休暇を取ることがあまり無いのは、事前に周辺調整するのが億劫だからで、しかし最低限取得すべき日数は決まっているので、だから今日みたいに何の脈絡もなく目的もなく、とつぜんぽっかりと平日に休みを取ることもある。そうするとまるで、いきな…
朝、電車の座席で、うとうとと居眠りしていた。よくわからない夢を見ていた。内容はすっかり忘れてしまったのだが、何事かに夢中になっている自分がいて、傍らには仕事の相手なのか昔の知り合いなのか、よくわからない誰かがいた。あるのっぴきならぬ事情で…
大岡昇平「出征」で、当初補充兵として招集されながら、だまし討ちのように前線への出征が決まった主人公は、やがて来たる自らの死を覚悟し、迷いながらも最期に一目会うため東京に妻子を呼び寄せる。大変な苦労をして東京に着きほぼ偶然のように再会した妻…
大岡昇平の小説がもつ文体そのものの魅力。癖や歪みもない、冗長でも簡素でもない、シンプルでロジカルで過不足なく、感情は適切に抑制されていて、観察の位置取りが適切で、認識の的確さが一々説得的で、標準的で汎用的で、誰もが納得させられる論理的な積…
昨日訪れたギャラリーは、ワタリウム美術館の通りの反対側の路地を入ったすぐの場所にあるのだが、外苑前から歩いていくと見慣れぬ景色が続いて、ある地点で急にワタリウム美術館があらわれたように感じられた。いつもとは違う方角から歩いてきたからなのか…
トキ・アートスペースで杉浦大和展。いつも通りの、変わらない世界でもあるが、しかし今までとは何かが違うとも感じる。それを機会ごとに、作品を見るたびごとに、毎回感じている。それは変化の振れ幅が一様であることを意味しない、そうではなくて、ただし…
吉行淳之介の短編「驟雨」発表は一九五四年。現時点から五〇年代の日本を想像するなら、その材料としては成瀬巳喜男や小津安二郎の映画に描かれた世界を思いうかべたくなる。この小説の主人公は頻繁に娼家に出入りするのだから、溝口健二の「赤線地帯」を思…
さまざまな生き方、さまざまな生活のやり方が可能で、住む場所も色々で、色々なお金の稼ぎ方があり、色々な仕事のやり方があって、寝る時間も起きる時間も人によって色々で、いつ何をして誰に会って、何を見て何を面白がって何を食べるかも色々。誰もが色々…
銃撃されて、生き物は重傷を負う。または死ぬ。銃にはきわめて高い殺傷能力がある。火薬を用いてあの小さな鉄の弾を対象に撃ち込むことで、その生体に致命的なダメージを負わせることができる。それに気付いたなんて、すごいことだ。とはいえそれを、ある日…
18日付けの三宅さん、深みと濃さに感じ入った。深夜に笑い死んだ。 距離が近すぎたので当時はそう思わなかったけれども、よくよく見るとアイツは無茶苦茶面白いやつだ、よく考えてみるとあれだけ変なやつは珍しい、あんな常識外れは、ちょっととんでもない、…
田中小実昌を再読している。「魚撃ち」主人公の初年兵は行軍から脱落という不名誉な事態となって、他十人前後の脱落兵らとポンポン船に乗って揚子江を下っていくのだが、脱落兵は他にも百人近くいたはずなのに、なぜ自分がその船に乗っているのか、理由や経…
Amazon Prime Videoで黒沢清「Seventh Code」(2014年)を観た。まず始まりかたの唐突さに驚かされた。「旅のおわり世界のはじまり」でもそうだったけど、前田敦子って、やはりちょっと頭がおかしい人なんじゃないかと、映画であるにもかかわらず、本気で正気…
MOVIX亀有で黒沢清「スパイの妻」を観た。以下ネタバレするのでご承知ください。廃墟や洋館は出てくるが、港も船もバスの車窓の外も画面には映らない、節約と省略によってあらわされるいつもの黒沢清な世界、それとは必ずしも親和的と言えないかもしれない、…
居酒屋のご主人から、また釣果のお裾分けをいただく。感謝の言葉もない。ツムブリ、でかい。こんなでかい魚を自宅でまな板に載せてさばくことが果たして自分に出来るのだろうかと思うが、やってみたら意外に、まあまあ悪くない具合に出来てしまうのだから、…
テレビをつけたら、globeの楽曲MVが連続で流れていたので、しばらく聴いていた。当時これらの歌が大ヒットしている状況が全く解せなかったのだが、二十年ぶりにじっくり聴いたらまたちょっと違って聴こえるかな?と思ったら、ぜんぜんそんなことなかった。な…
小説の中で、登場人物が気をゆるめている、その場に腰を下ろして休んでいる、ぼんやりと時間をやり過ごしている。自分はその小説を読んでいる。そのときの、小説を読んでいるという時間そのものが、自分という存在をいったん止めて、まるで別の絵空事に心を…
吉行淳之介「食卓の光景」。食について書く、食通と思われるとか思われないとかの自意識問題から始まって、安価で簡単な料理の美味しさと、高級料理の美味しさの、状況や感覚による感じ方の違いとか、女性との食事に潜在するエロティシズムとか、場違いな高…
鳥の声は、人間にとって好ましく聴こえるものではないことが多い。ことに群生する鳥たちの鳴き声は、獣の叫び声を彷彿させ禍々しく不吉な印象を受ける。見た目と鳴き声のまるでそぐわない鳥も多い。 群生して鳴く鳥、自分の耳に聴こえる音を想像してみたとき…
買い物の帰りに、中学校校舎の脇を通り過ぎるとき、吹奏楽の練習している音が上の方から久しぶりに聴こえてきた。いつものことながら、各々が勝手に練習しているときの管楽器の音たちの、はっきりした旋律はとらぬまま、波のうねりのように聴こえては消えて…
雨降り。どうせ今日は一日このままだからと早めにと図書館へ向かう。返したものを再度借りて帰宅。帰宅後も雨は降り続く。予約を入れていたので夕方、再度外出。雨は相変わらず。髪を切って、店を出たら、やや小降りになっていたが、それでもまだ降り続く。…
大岡昇平「歩哨の眼について」を読んだ。これは圧倒的にすばらしい。とても短い作品だが、三、四回くりかえして読んでしまった。硬質でドライな手触り感をあえて強調したような、まるで柄谷行人のようなテイストを感じる。 誰しもの恐怖や不安の根本にあるも…
島尾敏雄「家の中」を読む。すごい…。「死の棘」で描かれたあの地獄絵図が、ついに生まれるまさに前夜、という感じで、ほとんど奥さんが「変貌」していく予兆に満ちていて、モンスター小説というかホラー小説というか、エヴァンゲリオンがついに暴走というか…
生まれた時点で、祖母は母方も父方もすでに他界していたので、僕は自分の祖母という存在を知らない。祖父はいた。とはいえ一緒に暮らしていたわけではなかったし、どちらも自分が小学生のときかもう少し早くに亡くなったので、やはりほとんど記憶に残っても…
私小説と括られるような小説を読んでいると、もっとも主だったテーマあるいは通奏低音として響いているモチーフとしては、病気、老化、死、そして不貞である。どんだけ鬱屈してて悲観的なのか…という感じだが、生きているというのは、そんなものか。ことに前…
志賀直哉「城の崎にて」も、尾崎一雄「虫のいろいろ」も、つまりものすごく整理が上手いのだと思った。論述のかたちの整い方が、すぐれているのだと思う。「虫のいろいろ」はすばらしい短編で、軽妙でユーモアを感じさせるが、中心にあるのは鮮やかで確かな…
近松秋江「黒髪」から「狂乱」「霜凍る宵」まで読了。いずれの作品も青空文庫に収録されていてありがたい。 まず、この主人公がいったいどんな立場で、どんな生活をしているのかは、最初から最後まで明かされない。一人の遊女に異常なまでに執着して、ほとん…
常磐線は高架上を走っていくので、車窓から葛飾区の風景の広がりを見渡すことができる。亀有、金町、松戸までの、中川を越えて、工場や施設の敷地を越えて、徐々に建物が密集し始めて、やがて駅前にいたる景色を見ているのが、僕はなぜかわりと好きで、古い…
梅崎春生の「突堤にて」という短編(1954年)、すばらしかった。戦争が激化する少し前くらいの事というから、1940年代初頭あたりの話ということか。物資不足のため工事が中断され、干潮時には水面にあらわれるが満潮時は水に隠れてしまう、中途半端な高さの堤…