木立の中の日々


デュラスの短編「木立の中の日々」を読んだら、これがすばらしい。最強に味わい深い。好きな箇所がたくさんある。出来事と出来事の結び目のゆるさというか、登場人物たちの関係の噛み合わなさというか、それぞれがそれぞれで勝手であるしかないことの、それを突き詰めた向こうのさっぱりした感じというか。母と子の別れの話ではあるが、母でも子でもなく、若者と年寄りという一般論としての別れでもなく、単なる二人の人間だし、裕福と貧乏も、経営人と雇われ人も、労働と怠惰も、吝嗇と無欲も、それぞれ全部そのものとして描かれて、容易に対比の関係をかたちづくらないし、何かの類型になろうともしない。悲劇風のお話だが、そうでもない。誰も彼もべつに良くも悪くもない。皆、かなしくて涙を流すが、それはそれだ。食欲は旺盛だし、酒もたくさん飲む。言い合いになったり目をそらしたり核心を避けたり、色々だが、とにかく書かれていることそのもののテンポというか、流れ、速度の感触、それだけで十分にいい。息子の職場のシーンもいい。あの店主。「息子さんがやってる仕事には名前がないんですよ。」誰もが誰もに優しくない。投げ出されてそのままの現実的時間それ自体が、ほのかなぬくもりを帯びているかのようだ。外の地面を手で触ってみたら思ったよりも温かかった、みたいな感じに近いかもしれない。