ガードレール


歩道を歩く自分の背後から、自転車が徐々にこちらに近づいてくるのはわかっていたのだが、正面からこちらに向かって、まったく歩調をゆるめず歩いてくる人物と僕との間隔が、みるみるうちに狭まってきており、自転車がまだ背後にいるうちは、僕はこの歩道における進路変更の自由を奪われていると考えるしかない状況であるから、このまま行くと確実に、どこにも行き場がなくなり、自転車が自分を追い抜くより先に、僕は目の前の人物と正面衝突してしまう危険性が高くなってきていた。


もちろん向かいからくるこの人物の、こちらの状況などまったく意にも介さず、こちらを避けるとか立ち止まるとか、そういう素振りなど微塵も見せず、平然とずかずか間合いを詰めてくる、その配慮のない行動に、最初のうちは憤りも感じたのだが、しかし距離が近づくにつれ、どうやら向かいの人物も僕と同様、本来ならしかるべき時にしかるべき判断で、手持ちのカードを切るべきときに切るべきだったのに、それをことごとく見逃してきたままで、無為に時間を過ごしてしまい、今やまったく、進路変更や迂回などの選択肢が無い状況で、なすすべなく僕に近づくよりほかなく、そのまま僕に正面衝突してしまうよりほかない状況に追い込まれているのだという事が、いまやかなりの至近距離に近づいて、互いの表情をかなり微細な部分に至るまで確かめ合えるほどの状況になって、もう目と鼻の先にあるその男の、やや伏目勝ちな眼差しを見て直感せられた。…たぶん、この人はもはや僕を避けるための努力を放擲している状態であると推測された。


ぼんやりしている暇はなかった。このままだと、あと数秒で衝突してしまう。切羽詰った状況が僕に、いつもなら決して実践されないような大胆な打開策を決行させた。僕は歩みの速度をまったく落とさずに、自分の身体を大きく斜め45度に仰け反らせた。そしてそのままの体勢で向かいの相手の右腕とわき腹の間に空いた僅かな隙間を、かすめるようにして通り抜けた。アゴの先と胸から肩にかけてが、ほんの少し相手と接触したようだが、間一髪、ほぼダメージを蒙らずに、男とすれ違うことに成功した。そしてそのままの勢いで、あっという間に手で触れられるほど至近距離にまで近づいてきた真っ白なガードレールの手前で、思いっきり進行方向とは逆の方向へとトルクを駆け、悲鳴のような軋みをけたたましく轟かせつつ、ガードレール沿いに自分の身体側面を完全に密着させ、火花を雨のように地面に降らせつつ、耳を劈く摩擦音に意識を失いかけながらも、どうにか進行方向への脱出路を確保した。ようやく見慣れたいつもの駅の入り口についたときには、着ている服がところどころボロボロで、激しく硝煙の匂いにまみれていたため、満員電車でほかの客からかなり迷惑がられてしまった。