風/偶然


休日。晴天。風の強い日。遅咲きの桜が風に揺れて花びらを盛大に地面へ撒き散らす。こいのぼりが苦しんでいるみたいに激しく身をくねらせる。公園や駅前やコンビニの店先に数え切れないほどたくさんの台数の自転車が止まっていて、おそらく風のせいでそのほとんどが倒れていて、右や左や上や下を向いて骨組みやチェーンをむき出しにして横たわっている自転車を除けたり跨いだりしながら歩いて駅に向かう。


竹橋の近代美術館にいたら会社から電話があったので東西線の竹橋から九段下に行って、都営新宿線に乗り換えて、九段下の昭和館の看板がたくさんあって、一度も行った事が無いので連休中に行こうかなと思う。会社で用事を済ませてから新御茶ノ水駅まで歩く。巨大な日本の国旗がばたばたばたばたばたとはためく。ひび割れてつぶれた感じの音質ですさまじい大音量の軍歌が靖国通りに響き渡る。その音がゆっくりと移動しているのがわかるのだが、音の発生源であろうスピーカーを搭載した右翼的街宣車的なクルマの姿がどこにも見当たらない。大通りから細い裏道を入ってしばらく歩いていて、なおも軍歌の大音量サウンドは大きくなったり小さくなったりしながら周囲を移動しているようなのだが、あたりをいくらきょろきょろ見回してもクルマの姿はない。


新御茶ノ水駅のホームを歩いていて、懐かしい人と偶然出会った。久しぶり!元気だった?何年ぶりだろうね?変わってないね?おめでとう!良かったね!今きっと忙しいでしょ?しばらくは色々あるんだろうね。落ち着いたらまたあらためて連絡してよ。またゆっくり会おうよ。うん。そうだね。…後ろにいた妻がYの名前を口にしながらうわーと言って相手に抱きつき、そのまま妻とYが数秒間抱擁し合うのを僕は見ていた。なるほど女同士の友達ってそういう感じなのだね。…僕たちはほんの短い時間だけその場で立ち話したあと、じゃあまた!と言って別方面の電車に乗り込んで別れた。僕と妻は電車に乗ったあともしばらくは無言のまま、思わぬ偶然の出会いの驚きというか余韻みたいなものを感じ続けていた。しばらくしてから携帯にYからのメールが着信し、また今度ゆっくり…といった内容だったので、こちらもそれに返信した。