サイドステップ


柴崎友香「クラップ・ユア・ハンズ!」で、サイドステップでものすごいスピードでこちらに近づいてくる幽霊というのが出てきて、はじめて読んだときこれは死ぬほど怖いと思った。ものすごい速さで、横向きで、あっという間に近づいてくる。まったく躊躇も迷いもない、容赦のない速度で来る。こちらとしても、もうなすすべなく、完全にどうしようもないと思って観念するしかない。自分がそいつのなすがままになってしまうことを受け入れざるを得ない。それにしても、相手が横向きのままものすごい速度で…想像のそれは、あまりにも鮮烈で身の毛がよだつ。こっちを見ていて凄い顔で威嚇しているとか、この世のモノとは思えぬ醒めた表所で恨めしげに見てるとか、そういうのならまだ話はわかるのだが、そうではなくて、単に横向きのままぴょんぴょんと軽快に来られた日には、それはその時点でもはや、全然コミュニケーションが成立するとは思えない。最初から相手との関係が成立してない。少なくとも幽霊がおそらく自らの進行方向にまったく注意を向けてない。意志らしきものの欠落した、のっぺらぼうな運動体の接近を前にして、たぶんこっちは叫び声すら上げられないだろう。にも関わらず、その幽霊は最終的に自分とほぼ重なり合ったような状態のまま、こちらに話しかけてくる。とても低い声をしているのだったか。