苦労

あなたがよく口にしていた「愛」があるかないかは、世界から感受しうる情報の量や密度や強度において、クレーの実物の絵と印刷物ほどの違いが生まれるものなんだよ。
 それからやっぱり、大変でもラカンを読むことを忘れないように。苦労して読むということは、読みながら自分の知識や経験を総動員することだから、ラカンの理論が理解できないにしても、きっと「愛」の状態と同じだけの情報の量を生み出すことにはなると思うよ。
(『愛』アウトブリード 保坂和志)


もうとっくに、愛の状態にはなれないとしても、苦労の状態になるだけの気力は、まだ少しは残っているかしら。最近はほんとうに、ラクすることしか考えてないかもしれないから無理かもね。奉仕に生を捧げる、生を奉仕のかたちに変えてしまう、だなんて、かつて一度でも思ったのだとしたら面白い。


愛に向かってしまう心も、苦労に突っ込んでいく心も、どちらも異常なものだ。でも何が手元残って、何が差っ引かれたのか、細かい計算ばかりするようになったら、それが正常だとしても、もうおしまいだ。できればあんな思い、もう二度としたくないという気持ちの変わらない過去に、もう一度戻ってみたらどうか。戦争するみたいに本気で自分を賭して読まないと、ほんとうにおしまいである。