「Wの悲劇」


Wの悲劇 廉価(期間限定) [DVD]


大女優のスキャンダルの身代わりを引き受けてあげて、それをきっかけにスターへの足場を固めていくときの恍惚と不安とか、身代わりになった者と救われた者との心理的な葛藤とかを、登場人物全員で演じられているお芝居の中に溶かし込んで、いわゆる劇中劇の内容にだぶらせて語っていく手法など、すごく手堅くて立派なやり方だとは思うけど、ふだん割と非分析型の直情系感情移入型で映画を観てるつもりの僕ですら、さすがにちょっと、これはマトモに正視するほどではないなあと思えるほどチャチな感じがあるし、本当の私と演じられたもう一人の私。みたいなアイデンティティーにまつわる問題なんかに絡めたい感じとかもやや気恥ずかしく、まあ全体的にはどうこう云うような映画ではないと思う。


でもじゃあ何故、ここのわざわざ感想を書いてるかというと、それはもう三田佳子という女優の芝居が圧倒的に素晴らしいからである。思わずこの人が出てくるシーンだけご丁寧に二回観てしまった。いやマジでこの映画の三田佳子はすさまじい程の迫力である。…っていうかもう、さっきまで、そこに本人がこの場所にいたような錯覚すらおぼえるのですよ(笑)。そのくらい強烈な人間のいた気配が濃く漂う。「ね?ちょっとさあ、ゆっくり話そうよ」とか「ね、飲める??」とか「ね!?」「そうでしょ!?」とかいうときの苛立たしげな、性急に同意を求めるような、でもちょっと媚びるような、あの云い方にもう心を奪われまくる。。まあサスペンスドラマっぽい如何にもな感じといえばその通りなんだけど、でももし、その手のドラマにこういう芝居の感触が横溢してるんなら、僕はこれからいくらでも土曜ワイドとか見ますね。


最初は別に、それほどでもないのだ。ベッドの死体に困り果てて「でも駄目なのよあたし、有名だから。もうスターなんだもん…」「あー!わたしダメだわー!おしまい…」「ただの女になっちゃう…」と嘆いてるあたりでは確かにすさまじい妖気が漂ってるものの、まだ如何にもパニくってる高飛車な女という、超・紋切り型のイライラ演技の域をそれほど大きく超えている訳ではないと思う。


しかし、その後ぱっとひらめきに心が乗り移って「ねえあなたの部屋で死んだことにしてくれない!?」「チャンスなのよ!」「スキャンダルを逆手にとるの!!」「一生恩にきる!!」とか、薬師丸に無理強いしているあたりになると、もう息を呑むようなテンションが横溢しはじめる。「芝居すんのよ!!できるわよ!!あなた役者でしょ!?」とか云われはじめたらもう、観る者は誰もこの人に逆らえないと感じるだろう。いやむしろ積極的にこの人の身代わりになって踏み台にされたいとすら思うのではなかろうか?とまでいうと言いすぎですが。


全体の白眉は実にささやかな一瞬であるように思う。何もかもが思惑通りに行き、準主役を薬師丸にチェンジする事にも成功し、後は薬師丸にとっての初舞台が成功するか否か?という段階になって、三田は緊張と不安に潰されそうになっている薬師丸を必死に励ますのだ。


「あなたここに来るために今までどれだけのもの犠牲にしてきたと思ってんの!??」「やるしかないのよ!!あたしなんか初舞台のとき生理がはじまっちゃって、それでも血だらけでやったわよ!!」…そのまま両肩を掴んでがんがん揺さぶって「女優、女優、女優!!勝つか負けるかよ!!」


言葉ひとつひとつは手垢にまみれたようなものなのに、実際観るともう画面から目を逸らすことができなくなる。いわばここでは「私を叱責する年上の女性」の何の飾りも無いそのままの姿が曝け出されている。それは薬師丸からみて「私を力づくでも舞台で演じさせようとする抗いがたい力」であり「私が倒れたら一緒に共倒れしてしまうか弱き存在」でもあり「これから一生、お互いの秘密を共有しなければいけない絶望的なパートナー」でもあるのだ。そんな女とののっぴきならないギリギリのやり取りの、そのすべてが、一瞬の芝居に凝縮されているのだ。そこにあるのは、もっとも憎むべき相手の表情に思わず惹かれてしまうのにも似た、最悪の甘美さ、とでも呼ぶしか仕様の無いものである。…ここには意味とか教訓とか、そういうつまらないものはおそらく無いのだ。只ひたすら、生臭くてもの悲しい現場の空気だけがある。それがすごく良いのだ。