ラブ・ストリームス


 渋谷のイメージフォーラムでカサヴェテスの「ラブ・ストリームス」を観る。ずっと観たいと思っていた映画で、今日ははじめて、これを観ることができたので嬉しい。良かった。

 はじまって5分もしないうちに、ほとんど全身を戦慄が駆け巡る。これは超傑作だと思う。最初のナイトクラブのシーンからもう完全に素晴らしい。女の車で酔っ払い運転で彼女の部屋まで行ってしまうまでの一連の流れの、ぐだぐだとしたとてつもない素晴らしさ。ジーナ・ローランスの相変わらずの不機嫌と苛つきを無理やり抑え付けたような表情。その顔のアップを見ることの息苦しいようなよろこびはいったい何なのか。ブロンドの髪を両手で思い切り後ろに引っ張る仕草。鮮やかな青いスーツ。まるで電池が切れたかのようなぶっ倒れ方。なんだかもう、これはもう、何がどうしてなのかは、まるで上手く言えないが、今ここで見ているこの映画こそが、きっと、これからの僕にとっての、強力な希望というか、なんとか元気に生きていけるような力になりうるのではないか、という強い予感を感じてしまって、見ながらほとんど狂喜と興奮状態でいた。

 もちろん喜びや爽快さの要素はあまりない映画で、どちらかというと停滞、苛々感、やりきれなさ、重苦しさが支配するのだが、とくに前半から中盤にかけては、個人的にはほとんど狂喜状態で楽しんだ。むしろ陰鬱であればあるほど良く、げらげらと爆笑していてなかなか車から降りられないカサヴェテスを観ていたらもう、そうやってこのままあと二十分くらいバカ笑いしててくれないかとさえ思ってしまった。終盤はいつものジーナ・ローランスな世界になってしまって、ああ、やっぱりこういうことか、と思って、なんとなく落ち着くところに落ち着いてしまったような気持ちになったのだが(とはいえ、それでもすさまじい展開だとは思うが。最後の方なんかは、うわーこういうことになってしまうの?という驚きは強烈だったが。)。しかし中盤までの、とくにジーナ・ローランスがカサヴェテスの家に来るくらいまでの流れは最高だった。

 ジーナ・ローランスは足が細くてほんとうにスタイル抜群でかっこよくて、個人的に震撼するほど感動したのが、パリの空港で山のような荷物の前で独りで必死に何とかしようとして、英語がさっぱりわからない従業員に、その荷物を何とか運ばせようとする一連のところ。これはもう、僕のモロにストライクゾーンなシーンで、あそこの何が?と言われてもわからないけど、とにかくここは最強である。完璧であった。笑えば良いのかなけば良いのか困るほどで、こみ上げるものを抑えながらヘラヘラしてしまう。

 カサヴェテスの家に、別れた二番目の妻が突然来て子供を預けて行って、カサヴェテスは遊びに行くから、しょうがないから子供も連れて行って、そのまま出かけた先のホテルの部屋に閉じ込めておいたら、子供が後でぐずぐず言い出すシーンとかもすごくよかった。その前の、走って脱走する子供を車で追いかけるシーンも最高だったが。この映画の、子供という存在に対する、底の方から静かに湧いてくる憎悪というのか、子供という存在に対して、お前らはそもそもそういうのはおかしいんじゃないのか?お前らはなんでそうやって常にぐだぐだ我がままを言うのか?とマトモに問いただそうとでもしているかのような態度というのが素晴らしいと思ってしまう。子供の、自分自身が子供という存在であることに平然と開き直ってふんぞり返っているその態度。軽くみてほしい、まともに扱わないでほしい、みくびってほしい、甘くみてほしい、そういうのを最初から織り込み済みで生きていて、それが通用しないとわかると、すぐにぐずりだす打算的で卑怯な態度。俺はお前と違って大人だ。だから独りでは寝られないんだ。言ってる意味がわかるか?カサヴェテスは8歳の子供に対して、ビールを注いでやりながら、マトモにそのようなことを、何度でも言うのだ。しかし子供は結局、ママに会いたいといってここぞと言うときに泣いて、家に連れて行けば、勝手に怪我して流血した子供に激昂した、如何にも家庭の体裁の、もっともらしいDV父親に殴られ、その後で母子からは貼り付けたような唐突さで、どうか帰ってきてくれとか言われるのである。殴られて、笑うも怒るもなく、ただ呆然とする。これってなんだろう、と・・・。もう何も言えないくらいすごい。

 中盤以降は、ある種の痛々しさが、まるでギャング映画で主人公が追いつめられていくかのように、じょじょに映画全体を暗い色調に染めて行き、やっぱりジーナ・ローランス的などうしようもない状態、もがいてももがいても出口のない、たまらない地獄状態の息苦しさがたち込め始めて、ああ、やっぱりそういう風なことになっちゃいますかねえと思ってなんとも心苦しい思いのままラストを迎えた。それにしてもラスト30分で起きていた出来事のあれらはいったい何なのか。。

 ほんとうに、稀にしか出会えない素晴らしい作品で、今日は大成功でした。