土俵にいた。見合った。行事は十両格の木村秋治郎である。立小便をするときも同じくらいに開く大股の足先をちらっと見た。立会い、きれいに決まる。一瞬の隙を突いた。その積もりだった。ばーん!と衝撃が走った。そして、全世界を揺るがす激しい振動とともに、脳が数センチ後ろにずれた。生暖かいものが自分の頭蓋骨の内側にめりこんできて、そのときはっきりと、匂いを感じた。剥きだしの匂いだった。いや、匂いではなく、自分の、匂いを感じる感覚そのものが、頭蓋骨の外側に張り出していて、それが外気にひんやりと晒されたまま、生まれてはじめての、匂いの成分の、感覚に直接触れるのを感じていた。それは、LUSHの匂いだった。自然派石鹸をお探しなら、LUSH、これしかなかった。妻と二人並んで、新宿の地下道を歩いているときの、いや、今はそのはずではないのに、あたり一面すさまじい勢いで、LUSHの芳香がたちこめていた。風呂の湯を含んで萎れた花弁が一片二片、こぼれた。こいつ、LUSHの風呂はいってんじゃねーよ、関取が、千秋楽の前だってのに、風呂にLUSH溶かして、湯舟をピンク色にしやがって、そのとき、汗でずるずると滑る、肉の奥のはっきりとした手ごたえの、溺れる者の藁をも掴む思いで手繰るロープのように、指先で必死に手繰っていた前褌を、今、完全に切られた。そのあと、ずるずると押し込まれた。御休みの時間が近づいていた。そうなのかもしれなかった。どうしようもない、引力にしたがうほかない、そうは思うものの、どうにもならないはずはない、と逆らうような気持ちが頭をもたげてきた。はっきりとした抗いの表情を浮かべたまま、まっすぐ斜め下に落ちていった。