窓に黄昏がきていた。

 こちらの窓のかなたには塹壕と地雷原、それをこえてゴム林、国道、とり入れのすんだ水田などが見える。あちらの窓のかなたには水田、叢林、ゆるやかな丘、そして果てしないジャングルである。ジャングルは長城となって地平線を蔽っている。その蒼暗な梢に夕陽の長い指がとどきかけている。農民も子供も水牛もいない。謙虚な、大きい、つぶやくような黄昏が沁みだしている。その空いっぱいに火と血である。紫、金、真紅、紺青、ありとあらゆる光彩が今日最後の力をふるって叫んでいた。巨大な青銅板を一撃したあとのこだまのようなものがあたりにたゆたって、小屋そのものが音たてて燃えあがるかと思われる瞬間があった。

開高健 輝ける闇 新潮文庫6〜7頁


これを読んだとき、埼玉の自分の実家から見た景色かと思った。もちろんジャングルは見えないのだけど、遠景に山々が、長城となって地平線をでこぼこさせていたし、水牛もいないけど、軽トラックは小さく走っていたし、夕方になると、西日はそれなりにひどく紅く染まるのだ。国道沿いの店のネオンが点灯し始めたのに、それら一つ一つが、まるで今日最後の力をふるって光り輝いているようにもみえたのだった。そうか、ずっとぼんやりと、タバコを吸いながら、ただひたすら自分の部屋の窓から、ベトナムの風景を見ていたも同然だったのだな、と思った。