山下公園、馬車道、赤羽


待ち合わせの時間は20:00だが、相手が本当に来るのかはっきりしない。
とりあえず少し散歩する。遊園地や赤レンガ倉庫を通り過ぎて、山下公園まで。
氷川丸がライトアップされているが、ちゃちな豆電球をいっぱいぶら下げられて、まるで子供の七五三のごとく似合わない恰好を強要されたような、やや気の毒な感じにも見える。
人はまばら。公園も思いのほか照明が少なくて暗い。
ホテルニューグランドの看板文字が、暗闇に浮かび上がっている。
入り口から入って、右手にバーがあって、メニューが置いてある。有名な店。値段は思ったほど高くないみたいだ。
それにしても、こんな雰囲気がバーか。いやむしろ、こういうのこそ、本当のバーなのか。
入り口から覗き込むと、暗い。陰鬱というか、重い。並んでる椅子もテーブルも、人一人の力では動かないんじゃないのと思うくらいの重厚な迫力。
こういうのが、昔のイギリス風なのかしら。仕事帰りにちょっと立寄って、みたいな使い方をする店には思えない。
でも時間もあることだし、ちょっと寄ってみましょうか。
きちんとしたサービスの人が来て、席に案内してくれる。
かなり端の方のテーブル席へ。カウンターには初老の偉そうな感じの男性と連れの女性の二人がバーテンダーと談笑中である。
この席で助かる。あんな雰囲気のカウンターの端に座らされるのは厳しい。
座った直後、相手から連絡が来る。約束の時間通りに着きそう、とのこと。
少し予想外の展開。ならば予定通りか。だとすると、ここにあまり長居はできない。
つまらないけれども、ビールを注文する。
その場で、馬車道の店に小声で電話して、一時間後の二席を予約する。
その店ではじめてのことだが、電話に女性が出た。新しい人が入ったのか。
しばらくして席を立ち、会計する。
ホテルの入り口から中庭までのロビーには、ホテルの歴史にまつわる色々な資料とか物品が展示されている。
戦前のレストランのメニューとか、パンフレットとか、こういうのはいつまで見ていても飽きない。
レストラン…。近代化の証し。
近代化っていうのは、カタカナ表記のフランス料理、ナプキンの布、制服の襟元、なにもかもが、薄皮一枚。
寂しいし、肌寒い、暗い、誰もいない、ふるさとのおっかさんが恋しい。
来た道を馬車道駅まで戻る。相手と落ち合う。
金曜日の夜だが、まあまあ。先客がテーブルに六名ほど。カウンターは我々だけ。
キノコ料理二皿と肉料理二皿。どちらも前に食べたことあるけど、相手は初なので、まあいいか。
キャンティクラシコ。酸のキレイさ感じた?そうじゃないともう何も薦められないよ、と店主。
わかります、わかりますと頷く。
ワインの減り方と、料理の出方が、タイミング合わないことって、あるよなあと考えつつ、手遅れにならないうちに、あともう一本何かもらった。
相手があまり飲まなかった、こちらは飲みすぎた。帰りの電車は眠った。
気付いたら赤羽駅だった。やってもうた。がっくり来る。
電車を降りて改札を出たら、小雨が降ってる。タクシー乗り場で待つ。
あー、もう嫌になるなあ、こんなことでは、まったくどうしようもない。
小雨だというのに、人の話し声、笑い声、賑やかな週末の深夜、タクシー待ちの行列が少しずつ伸びる。
濡れた車体に、ぬめるような光を反射させながら、次々とタクシーが乗客を収容して去っていく。
乗って、行き先を告げた。運転手、ものすごく丁寧な客対応。
しばらく外を見ていた、と思ったら、気絶するように眠った。
運転手に起こされた。支払い。ああ、ばかばかしい。
帰宅して、眠った。