「くちづけ」


くちづけ [DVD]


増村保造の「くちづけ」をDVDにて鑑賞。増村作品の鑑賞ははじめてです。冒頭からすごいスピードで物語が展開していくので、そのスピード感だけで気持ちが良い感じ。野添ひとみ川口浩は知り合って数秒後には隣り合って体を密着させつつバスに同乗しているし、その後競輪でサクッと遊ぶ金を得るや圧倒的なスピードでバイクにて移動し、あれよあれよという間に飯を食い、あっという間に海に着いたかと思ったら即水着になり、そのままローラースケートだの踊りだのピアノ伴奏だのハイボールくれだの、もう留まる所を知らぬ勢いで遊ぶ。この畳み掛けるような前半の展開は素晴らしいと思った。


後半、三益愛子の母親とかが登場してくると勢いだけで出来ていたような世界が多少複雑になってくるのだが、それでもこの映画が面白いのは、どの人物も完全に自分の存在に疑いを持っておらず平然と自分を肯定しているという事である。


大体川口浩の演じる男の家庭環境は、女一人で商売が上手くいって経済的に豊かな母親と、選挙法違反で牢屋に入っている父親の間で、どちらにも寄り添わずしかしどちらにも均等に付き合い、助け、必要なら金を無心するという、なんというか、ほとんど屈託がないというか、自分の立ち居地を当然のように受け入れていて、当然のように振舞っている。野添も不幸な境遇ではあるが、その不幸を噛み締めている様子はまったくない。というか、幸福とか不幸とかを判断するもうひとつの視線をこの映画の登場人物は持っていなくて、単に行動している。まるで昆虫や動物の生態を見るような自己肯定の記録という感じ。


例えばメロドラマなんかが後生大事に抱えているグダグダした屈託とか湿り気に対する反発といったものが、こういう世界を作るのだろうか。…ちなみに僕は石原慎太郎の「太陽の季節」とか読んだ事が無いし「太陽族」とかについても無知なのだけれど、この「くちづけ」という映画はそれらと何か相通じる関係があるのだろうか?(「太陽の季節」発表はこの映画の前年)


…いずれにせよこの「くちづけ」という映画は幾何的と云っても良いような楽天性・抽象性の劇という感じ。まあ今のところはあまり多くは云わないで、とりあえず他にも色々観てみるつもり。