「二十四の瞳」


二十四の瞳 デジタルリマスター2007 [DVD]


この私の可愛い教え子が殺されていく。私の子供たちが奪われて消し去られてしまう。この私のありったけの、どこまでも惜しみなく降り注いだ筈の思いが、愛情が、全て濁った泥水の底に打ち捨てられていく。その悲しみと怒りを誰がわかるだろうか。これほどの悲しみと苦痛を誰が引き受けられようか。…おそらく戦後民主主義の根底には、このような怒りと悲しみが在るのだ。もしそうでなかったら「何々主義」と標榜する事に、一体何の意味があるというのだ?この戦後日本の一体何に価値があるというのか?全部がゴミ屑にも劣るようなものではないか。私たちの傍らにはまだ沢山の悲しみの死者たちが居るじゃないか。それが見えないのか?それを忘れて、何が幸福なのだろうか?あなたは自分が今のまま、今の姿そのままで幸せに向かう事が出来るだなんて、真っ直ぐに努力できるだなんて、まさか夢にも思ってはいないでしょうね?あなたの足元に無数の、あなたの半分も生きていない沢山の可愛い子供たちがあのときのままで埋まっている事を、夢にも忘れる事など無いでしょうね?


木下惠介監督作品をDVDにて。…まあ相当、鬱陶しい映画であった。。しかしこの監督の映画は撮影される景色がほんとうに美しい。瀬戸内海の小豆島が舞台で、設定では昭和3年(1928)〜敗戦直後(194?)といった感じだが、実際は1954年の映画で、撮影された時期もそのあたりだろう。高峰秀子が自転車で走り抜ける景色や子供たちがヨチヨチと並んで歩く背景の、何という美しさだろう。イタリア人が自国の遺跡を美しいと感じて誇らしく思うように、我々も小豆島の景色も京都や厳島と同等に、もう全部最高ですよ!と、もう100年前の最初から思って口に出して言えれば良かったのに!まあそりゃあいくらなんでも、無理なのかもねえ。。


それにしても女教師っていうのは良いものだなあ。女の先生は、おそらく誰しもが人生でほぼ初めて出会う、何の因果も脈絡も然したる理由もないのに、ただひたすら和やかで朗らかな笑顔を向けてくれ、話しかけてくれて、こちらの都合を最大限に尊重してくれる、そういう甘やかさそのままとしてあらわれる他人。という存在である。その不思議さ。その蠱惑。赴任した高峰秀子が、はじめて子供たちを前にして出席を取るシーンを見てたらもう、全てが嬉しくて切なくて愛しくて、ほとんど性的興奮すら覚える。(云いすぎ。というか最低)…桜の木の満開の下の電車ごっこのシーンなんかはもう圧倒的と云いきりたい。というか、高峰秀子の美しい事といったらこの映画にとどめをさす。という感じ。高峰秀子の顔を見てるだけで泣ける。


(救われたかったのは実は女教師の側ではなかったか?高峰秀子はまるで生前のイエスキリストのように、無力で弱々しく為すすべなく、運命に逆らえない教え子たちと共に悲しみの涙を流す事しかできない。何もしてあげられないのよ、どうする事もできないのよ。と泣きながら呟く。だから、女教師はこれ以上、もう絶対に傷つかない場所を求めているのではなかったか?というか、だからあの、高峰秀子が落とし穴に嵌るシーンがやけにショッキングなのではないだろうか?おそらく戦後民主主義とは、こういう女教師がくれる無償の優しさを優しさのままに、ずっと存続させようとする何かではなかったのだろうか。というか、しかし、それが正しい事なのか間違っているのか、それはわからない。というか、全然ずれた事を書いてるかもしれない。というか、意味が判らないがまあいいや、書き残そう。)


ところで、僕は映画の登場人物でも現実の人物でも、「私は戦時中からこれが間違っていると思ってた」とか「私は最初から戦争に反対だった」とか「私は最初からマルキシズムに真理を見出していた」とか、そういう話を聴きたくはないのである。別にそんなの、今更聞いてもどうしようもない。結果的に私が正しかったとか間違っていたとか、そんな事を聞いて何になるのか?だから報奨金でも要求したいのか?もし僕がこれから、何か決定的なところで間違ってしまったら、貴方はきっと僕を自信満々で糾弾するだろう。ほら、だから云わんこっちゃ無い。お前の考えは浅はかだ。愚かだと。


この私の可愛い教え子が殺されていく。私の子供たちが奪われて消し去られてしまう。この私のありったけの、どこまでも惜しみなく降り注いだ筈の思いが、愛情が、全て濁った泥水の底に打ち捨てられていく。その悲しみと怒りを誰がわかるだろうか。これほどの悲しみと苦痛を誰が引き受けられようか?


…できれば、この悲しみと怒りを基に、もう止むに止まれぬ思いで、必死に何かを立ち上げようとしたのだという事だけを声高に叫び続けていただきたい。僕も戦争を知らないのだけれど、何とかその感触だけは、足りない頭を駆使して想像していきたいと思っているのだ。…で、何をするのか?と云ったら特に何かする訳じゃないし、…よくわからないし、今、何か書く事を思いつく訳でもないのだが。…まあ、でも美しい女性というのは、良いものだなあ、というのは間違いないと思うが。