「西瓜」


ツァイ・ミンリャン監督作品 西瓜 [DVD]


面白い。相当、AVだけど…。しかしツァイ・ミンリャンという監督ってどの作品にも共通する間合いと呼吸の感じがあって、…本当に色々な事に挑戦するものだと思いながらも、ああやっぱり本作もツァイ・ミンリャンだなあとも思う。


水不足で断水が続く真夏の台湾を舞台に、乾き、皮膚を蟻が這い、ドロドロと西瓜を食い散らかし、AV撮影で体中をベタベタにしつつ絡み合いヤリ合いつつ、夜の街や人気の無いマンションのひんやりした廊下を行き来する登場人物たち。という世界設定がなかなか良くて、それに基づいた小ネタ的エピソードが一個一個面白い。エピソード過ぎやしないか?エロシーンちょっと多すぎ・やり過ぎではないか?とも感じるほどだが、主演のリー・カンションの醒めたような間の抜けたような表情がとても良いので、ドロドロのシーンでも何となく観ていられるように思う。如何にもワザトラシイ感じもあって、ようやるわ。ばかじゃないの??と思うところもあるけれど、そう思いながらも不思議に心を奪われる。…ってかそうだよなあアダルトビデオってこうだよなあと思うし、まあ普通にエロな訳だし、っていうか人間の性的営みというモノの、なんともしれぬ空虚さを思って感慨無量にもなる(笑)…ほんとひたすらガクガクと機械のように下半身煽動運動している内が花なのよ死んだらそれまでよという感じである。


ミュージカルシーンは確かにすごいが、適度な引き具合を心得た絶妙な按配で、派手でキッチュな効果というよりは微妙な寂寞感の方が強く感じられる。楽曲もコンサバな曲ばかり丁寧に唄われるので余計に律儀さの滑稽感が際立つ。で何というか台湾や中国の歌曲というものはなぜか不思議と心を打つものがあるんで、結構うっとりベタに聞き惚れてしまうところもある。


クールで歪み捩れていて様々な要素が多様に詰め込まれている如何にも現代的な様相の映画だけど、特に後半はけっこう熱い恋愛モノになって、そのあたりからがすごく良かった。出会いの時の見つめあう時間の異様な長さ。(後半、リー・カンションの素性を知ってしまったチェン・シャンチーのテレビモニタを凝視する時間の長さも。)ふたりの生活がとても良い。リー・カンションの男性的な筋肉質な引き締ったカラダがとても美しい。リー・カンションが廊下の左右の壁と壁に両手両足を突っ張ってそのままカラダを横にして忍者みたいに支えて天井近くにまでへばり付き、そこをチェン・シャンチーが潜ったり、料理するための生きたカニが台所の床を逃げ回るのを悲鳴上げながら必死に捕まえようとすところとかも良い。あとエレベータのシーンの面白さも良い。エレベーターという全然動かないで扉の向こうの世界だけ変わるという仕組み自体が面白いし、AV女優の女が意識を失ってぶっ倒れているのを、何とか助けようと思ってペットボトルの水を持ってきて、(エレベーターの扉は閉まろうとしてチェン・シャンチーの腰の辺りにガンガンぶつかって来る)手に付けた水を顔や首筋に付けてあげるのだけど依然として意識不明で、最終的に水を口に含んで…どうするのかなあ口移しで飲ませるのかなあ?と思ってたらブッ!と相手の口をめがけてすごい中途半端に噴き出したのには爆笑した。その後、いやそりゃあ無理でしょ?と言いたいくらい重そうなAV女優を、何とか自室まで引き摺っていくときの姿もすごく良い。


チェン・シャンチーはあんまりはっきりと顔の映るシーンが少ないのだが、でもとてもキレイで観ていて良い感じなのだ。イマドキの女の子を感じさせるのは何となく猫背気味で姿勢が悪いからか。俯き気味で骨ばった肩や二の腕だけが露出している。自分の中に渦巻いているやりきれない性欲のうずきを持て余して、思わず冷蔵庫の西瓜をペロペロしてたり絶頂の喘ぎ声と共に西瓜を「出産」したりするのは、エロいと同時に奇妙に切ない。チェン・シャンチー。後姿なんかもとても良い。髪型がかわいい(一時期の麻生久美子風。後姿だけだとわりと麻生久美子的に見える)。手も足もキレイだ。それはキレイな女性のカラダのキレイさというよりは、もう当たり前のように目の前に唯物的にある肉体それ自体で、それがそのまま美しいという感じ。決して「お肌がきれい」とか、そういう話ではなく


とにかく求め合い、まさぐり合い、お互いに顎が外れるくらい大きく口を開け合ってお互いの舌を吸い合って貪りあうという…そういう事の激しさや切実さというものを誤魔化し無く捉えようとしているのが良いと思うし、かつ激しく狂おしくとりつかれたような精神状態のその只中で、同時進行で真空の空虚な懐かしさにまで至ってしまうというのか、そういう全部な感触をほんの少しでも思わせるだけで素晴らしい事だと思う。それは射精後の空虚とかそういう自己満足的感慨とは全然違うもので、もっともっと切なく懐かしいものである。ラストのエピソードも出来事だけ書いたらあんまりといえばあんまりで100%なんじゃそりゃ、と思われそうなので書かないが、でも感動の余韻が後を引くような、恐ろしい事に自分が思わずチェン・シャンチーに乗り移ってしまってその感触と匂いの空しい懐かしさを味わい続けているような気持ちにさせられた。いや良いラストだったと思う。