「迷子」


ツァイ・ミンリャン製作  迷子 [DVD]


均質的な郊外のだだっ広い公園と、所々に点在する工事現場の仮囲いに土砂に資材置き場。家族連れやペットを連れて散歩する人や子供たち。。あるいは雑居ビルのフロア内に薄暗い色温度(寒)な蛍光灯の下照らし出されたCRTモニタの並び。インターネットカフェでオンラインシューティングアクションに夜も昼も無く明け暮れる人たち。舞台となる場所は日本でも台湾でもほぼ同じようで、本作を見てるとそこが台湾であってもどこであってもあんまり関係ないように思える。孫を見失ってしまったお婆さんと、認知症のお爺さんを見失ってしまった制服の男の子の、それぞれ交わりそうで交わらないふたつの物語である。


登場人物が、上記それぞれの空間と自宅とトイレを行き来する。とにかくすべての風景が今この現実と地続きに思われる程均質的で無個性だ。しかし執拗にトイレの空間がとらえられ、特に男性用小便器が何度も出てくる。…僕はどうもそういうのが…特に屋外のそこそこ汚れた公衆のヤツを見ると、見ただけでぞっとする気分になるのだが、まあ均質空間である公共施設の中で常に怪しい不穏さや、身の毛のよだつ何事かに蝕まれるのは、常にトイレという空間なのだろうとは思う。…しかし、まあ映画で好きこのんで観たい場所ではないのだけど…。


下痢で公園トイレに長居するうちに、婆さんは子供を見失ってしまうのだ。人が、下痢している姿のあれほどそのままの悲しい姿をはじめてみた(笑)(というか、ああいう年配の女性のトイレの姿をわざわざ撮るってのがなぁ・・)その後、おそらく一時間近く、婆さんは孫を探して駆けずり回る。本当に、カメラ撮りっ放しの中、延々走り回っているのだ。このシーンはものすごい。結局映画全編で、あの婆さんは一体どれだけの距離を駆けずり回ったのだろうか。激しい焦燥や苛立ちや自己嫌悪や怒りと悲しみと強い不安に突き動かされて、ひたすら走るのだが、もうそれが驚くべき切迫感として伝わってくるので、ほとんど未確定な状況の生中継を見てるような気にすらなってしまう。ひどく気の毒だし可哀想だし、でもなんか情けない。人間なんて惨めなものだ。。しかし、あの年であんなに長時間走れるものか?一体、迷子なのは誰なのか?ってな話である。最後は死んだ夫の墓に行って号泣する。。


工事現場の資材置き場かなんかのために確保された広い空きスペースに雨水が溜まって、巨大な水溜りが出来ている。その表面に、外灯や街の明かりが反射しているようなこれもまた既視感のある如何にもな空間で、この映画は最後、ちょっと気の利いた感じの、軽い奇跡のような瞬間がラストシーンで起きて、なんか脱力的な笑いを引き出されてそのまま終わるのだが、それは結構悪くない感じだ。この最後の感触は「なんだよそりゃ」といって呆れるような気分にさせられるが、決して悪くない。とても良いと思える。で、なんかこの映画に関しては「ネタばれ」をするのが憚られる。ほのめかすようだが、いやそれは別に人を幸福にするようなものではないし、どちらかというとアクシデント…いや普通に考えたらあり得ないような出来事で、あまりにも映画の物語に過ぎるのだが、しかしそれだからこそ何か強い印象を残す出来事なのだと思う。軽い絶望に近いような、はははは。。…という笑い。