「あにいもうと」


あにいもうと [DVD]


DVDだが、なんか久々に映画を観た気分だ。気持ちをしゃきっとさせて最初から最後まで観て、やはりとても良かったのだけど、映画が良かったのか自分の体調とかコンディションがいつもより敏感に良いと感じてしまうような状態だったのかわからないところもある。おそらくその両方だろう。


東京郊外の川沿いの町が舞台。ものすごく田舎だけど、バスと電車を乗り継げば東京はすぐ傍という場所。時代の流れや失われ行くものとか変わり行くものとか、都会と田舎とかを巡って、各登場人物のそれぞれの配置のされ方というか、距離のとられ方がすごく良い。父親、長男、長女、次女、母親がそれぞれ別の問題や悩みを抱えているのだが、そんな登場人物それぞれのエピソードを並べて適度に絡ませつつ、とても冷静で丁寧な熟練した手つきで物語を紡いでゆく。それぞれのエピソードを大胆なほどの切り上げの良さで終えてしまう。あの人なんかあの時点が最後の登場だったんだ、とか観終ってから思い出して、その省略の過激さに驚いたり。


父親役の山本礼三郎が、京マチ子との関係を詫びに来た船越英二と面会したときの、嫌な沈黙を破るかのようにキセルの先をカキン!!と音高く灰皿にあてて灰を捨てる仕草なんかが異様な緊張感で正に昔の恐ろしい親父という感じ。この父親は娘たちに会うのを避けているというか、妻に話しかけられても娘に呼び止められてもロクに口もきかないような親父なので、物語の大筋にあまり関わってこないのに、独り黙ってトボトボと川沿いを歩く姿や店番をしている姿は何とも哀愁に満ちていて映画全体の中にしっかりと印象を残す。


次女役は久我美子だが、…久我さんという女優はもう、どんな監督だろうがどんな映画だろうが「女の幸せは結婚だけじゃないわ」とか「自分の幸せを自分でつかみとるのよ」とかそういう類のセリフを必ず言うような、そういう性格の女性を演じる事に決まってるらしい(笑)…今回もややカマトトぶったちょっと生意気な、でも世間知らずで可愛いところもあるような、そういう役をやっている。しかしこの映画の久我美子はすごく良い。とても良いです。というか成瀬巳喜男が女優をイマイチに仕上げるという事態は考えにくい訳で、そういうプロの眼差しに拠って、ここでの久我さんはしっかりと美しく仕立てられている。常に洋装で、大変痩せた体でなぜか何度も何度も戸外の道端とかを走らされるシーンが多いのだけど、その女性的な走り方とかもすごく良いです。


あと勿論、浦辺粂子という女優の独特な感じも大変重要だ。この人の態度や喋り方や声だけが感じさせる、世間の寒さがナマで晒されるような感触というのがあるのだ。たとえば浦辺粂子が泣いて感情的になっていても、それを観る者は決して自分の事のようには思わない。大いに同情した気分でいながら、どこかでそっと「私とは違う世界の女」と思っている。そう思わせる女優だ。「娘も娘だけど母親も髪結いだからね、口と手の扱いは慣れたもんなんだろ」などという、おぞましいほど最低過ぎて逆に最高な陰口を叩かれるに相応しい。…などと思わせる女優は浦辺粂子だけだ。


でもなんだかんだ言って、我思うに本作最大の見所はやはり京マチ子なのだけれど、冒頭で下着姿のまま膝を立てて仰向けに寝っ転がっているショットだけで、うわぁ来た。と思わされるほど、強い何かが感じ取れる。この、女性を横たえているだけで漂う、成瀬映画独自の只ならぬ空気は一体何?…兄の森雅之にねちねちと悪態をつかれ、悲しみに暮れベソをかきながら下着の上から浴衣を羽織っていく。それで座りなおしてまた出てくために荷物をまとめ始める。陰鬱で暗い。。


…とか思っていると、出て行った京マチ子はしばらく登場しないのだが、中盤以降に子供を堕してすっかりイケイケな姐さんになって戻ってくる。ここで再び、久々に目の前にあらわれる京マチ子の鮮やかさがこれまた素晴らしい。粋な(派手で悪趣味な)柄の着物に如何にも夜の女的なプロっぽくセットされた髪型で、小さな日傘とハンドバッグを抱えて田舎道をやってくる。近所の知り合いのおばさんを見つけて、そのおばさんは引きまくってるのだが構わず「こんちわー」と云って、にかーー!!と笑う。。この笑顔!!これ観たら誰でも「あぁやっぱ酸いも甘いも色々経験した女っていいなあ」と思うだろう。というかそういう奔放であばずれな水商売女をやる京マチ子はまさに水を得た魚という感じである。タバコ吸うのもデカイ口を開けて牡丹餅に噛り付くのも素晴らしい振る舞いで見せてくれる。カメラは何度も何度も久我・浦辺・京マチ子を様々な場所から色々なやり方で画面内に収めて、何度も見返す。


その後の有名な森雅之とのケンカシーンも勿論良い。ケンカシーンが良いというより、森のある言葉に京マチ子がはじめて怒り、その心の中にボッ!!と怒りの炎が燃える瞬間数秒間が素晴らしい。あと、最後にやっぱり久我美子と京マチコを並んで歩かせるのも素晴らしい。まあ、そのように違うふたりの女性をとらえない訳がないんだから、並んで当然なのだが。