にわか雨


墨東綺譚を読んでいたら、素晴らしい夕立のシーンがあっておぉーーっと恍惚とした。雨の上がった正午の昼休みに読んでいたのだが、午後に仕事をするのが何とも勿体ないというか、このまま読み続けたいという気持ちを抑えるのが辛かった。何かが動き出す瞬間、なすすべ無くすべてが変わっていく瞬間。何度も経験している筈なのに、何度でも新鮮にたちのぼってくる驚き。

突然「降ってくるよ。」と叫びながら、白い上ッ張を着た男が向側のおでん屋らしい暖簾のかげに駆け込むのを見た。つづいて割烹着の女や通りがかりの人がばたばた馳け出す。あたりが俄に物気立つかと見る間もなく、吹落る疾風に葦簀や何かの倒れる音がして、紙屑と塵芥とが物の怪のように道の上を走って行く。やがて稲妻が鋭く閃き、ゆるやかな雷の響につれて、ポツリポツリと大きな雨の粒が落ちて来た。あれほど好く晴れていた夕方の天気は、いつのまにか変わってしまったのである。

あっという間に変わってしまう天気。視界すべてが何もかも変わっていき、穏やかなたそがれの夕方が、無惨にも激しく台無しになってゆく。…にわか雨とは何か?それは、それまで真っ白かったものが、たちまちのうちに、真っ黒になっていく瞬間の事ではなかろうか?打たれ、叩かれて、血しぶきのように染め上げられて、真っ黒にぎらぎらと光って、たちのぼる匂いと共に、そのままぐったりとうなだれてしまうような瞬間の事