音楽の良さ


昨日、テレビでマキノ雅弘を特集した番組をやっていて、ところどころで差し挟まれる過去の様々な作品の一部が、ほんの少しだけのカットなのに、それだけでものすごく素晴らしくて眠気とか酔いとかが吹っ飛んでしまい、テレビの前で思わずちゃんと座り直してしまった。久々に猛烈に映画を観たくなった。


制作は久々に長時間。いつまでもずるずると切れの悪い態度で描き続けるが、そういう感じでやっているのが僕は嫌いじゃない。イマイチ面白くなってこないが、落ち着いて平静な気持ちで我慢しながら勧める。


音楽の良さにも色々あるだろうけど、やはりある空間、というか、ある整合感のある、一連の風のような、あるひとかたまりの何事かが、わーっと押し寄せてきて、それに見舞われて、最初は誰でもそのただ中に居るわけ。でも、しばらくすると、それは過ぎ去ってしまうわけ。いきなり、跡形もなく、あっという間に過ぎ去っていく。…それはもう、音楽の構造上、仕方のない事であきらめるしかないんだけど、だからどう転んでもさっきまでの一連の濃密さは、もう消え去ってるわけ。しかし、そうすると、さっきまでの、そんな濃密さとか、そこで取り交わされた様々な事だとか、そこで生まれた沢山のよろこびとか哀しみとかに、まるで無視をきめこむかたちで、またまったく別の、まったく異なる一連の空間が、間髪入れずにぐわーっと押し寄せてくるわけ。その早さが、まさに音楽なんだけどね。その早さはほとんど、残酷さと呼びたくなるような容赦のないものだけどね。だからそこが音楽の良さなわけ。それでやはり、一挙にそれに取り囲まれてしまって、その濃密さとスピードを感じざるを得ないわけ。でも自分はまださっきの、かつてあったはずの空間をまだ記憶にとどめているから、いまがそうなってる事とのギャップがすごく激しくて切ない状態になってるわけ。でも、だからその、さっきの感じと今の感じとの、すごい取り返しのつかない深い落差こそが、音楽の良さなんだと思います。