「崖の上のポニョ」


MOVIX亀有で「崖の上のポニョ」。その後上野へ移動し上野東急で「スカイ・クロラ」を観る。「崖の上のポニョ」は極めて不穏で怪しげなムードがあり、これほど子供向けな表層をまとっていながら内容のあまりの混沌に驚かされた。


人間の世界(コウスケの家庭)の描写がとても丁寧。自動車や通信機器とかでのお父さんとの通信(そのような関係のあり方)もすごい。Y字アンテナもうつくしい。冒頭でポニョが偶然コウスケに拾われるに至る直前の、引き揚げ網漁のゴミも魚介類も塵芥も一緒くたにして何もかも捕獲してゆくシーンも、あるいは足腰の立たない死にかけの婆さんたちの配置も、あるいは各業種別の船舶や航空機の出方も、インスタントラーメンもコーヒーも、みんなすごく良い。…全体的に人間世界の雑然とした感じのあらわし方が冴えまくっているように思えた。町が台風に苛まれるあたりからは圧倒的で、異なる組成をもつふたつの在り方が衝突しようとするときの、海の世界と人間の住む陸の世界がポニョによって接触しようとする瞬間のただならない感じがすごい。大波の上を疾走するポニョのシーンはテレビとかでちらっとみていたが、これほどまでに暗く不穏で危険な台風の状況下で展開する疾走劇とは思ってなかったのでびっくりした。それに比して気になるのは海の世界のイメージの貧弱さと思う。水族館的というのか、ジオラマ・レイアウト的な土台に、光と色彩で装飾したような感じで、異なる重力下に組織されている別世界という感じが若干弱いかもしれない。


人間の姿になったポニョとコウスケが出会ってからでのふたりの一連のやり取りをみていて印象的なのは、ポニョの図体がコウスケのそれより微妙に大きいことで、なんというか、ポニョとは結構、同じ年の子に較べたらそれなりに体重もありそうながっちりしたふくよかな5歳の女の子であり、コウスケが仮におぶってあげる事ができるか?といったらたぶん出来ないだろうなあと思わされるような感じである。で、しかもポニョは一気に眠くなって、ぐったりと寝てしまう。寝てしまうと、なかなか起きないので、コウスケは、ああ寝ちゃったよ、と思うしかない。女の子が寝ちゃった間に色々と働いておくのが男の子の役目なのだ、というのは幼少時代から今にいたるまでかわらないといえば変わらないのかもしれないし、幼少時代だけの記憶なのかもしれない、まあよくわからないが、ポニョの寝っぷりをみてたら、そのあたりかの感じが妙に懐かしく甘美に思えた。あと、ポニョがはしゃいでいるときの、すごい勢いで部屋の中を走り回っているのは、うわーマンションの下の階にいたらさぞ響くだろうなーとか思った。


実際、この映画は特に後半「…これって世界滅亡してねーか?」「これってつまり銀河鉄道の夜?」とか思わせる瞬間が多々ある。お父さんが同僚と船の甲板の上で「船たちの墓場」を観てしまい、続けて「観音さま」を観てしまうあたりでそれがほぼ確信され、コウスケとポニョが小船に乗る家族に近寄り、むずがる赤ちゃんにスープをあげようとし、お母さんがそれを飲み干し、赤ちゃんには私のおっぱいをあげますからね、といったやり取りがなされるあたりでもはや、ああここはこの世ではないのだと感じられるのだが、しかしそれにしては有無をいわさぬイメージの力が若干弱い気もしてしまい、どうにもどっちつかずなどう割り切っても気持ちの悪さが残るようなものにしか感じられないところはあるように思う。とはいえ、最後に、大人たちの間で何事かが話し合われ、何事かが取り決められたことの気配だけが、あたりに(それを遠目に見てる子供にも気付ける程度には、)濃厚に漂わされるという、ラスト近辺のシーンは、僕は個人的には素晴らしい演出だと思う。このようにしか感じ取ることのできないリアルな感触というのがあるし、このリアルは一度はまれば平気で、20年後も30年後も後味として色濃くこの映画を観たとくに小さな子供の記憶に残り続けるだろう。