携帯


家に携帯を忘れてきた事に気づいた。これから会社を出て客先に行かないといけない。上野から茨城県のかなり遠くまで行く。仕方がないので関係者にメールして、もしも何かあって連絡取りたいときは業務携帯を持っていくのでそっちにかけて下さいとメールして出かけた。


客先での用事が済んで、夜遅く家に帰ってから、携帯どこだっけと部屋中探したが、やっぱりない。あれーどこに行ったんだっけ、と思ってよくよく考えてみたら、ああもしかすると会社のトイレに置きっぱなしかもしれないと気づいた。一度気づいたら、あああのときだ、あれしかない。あそこにあるんだ、絶対そうだと確信された。しかし今日はもう諦めるしかないし、明日もふたたび、客先に直行しないといけなくて、家から茨城県まで。長い旅路で、早朝の出発なので、行きに取りに寄るのも難しい。帰りも何時になるかわからないしなーと思った。でもまあ、あのトイレのあの位置なら、誰にも気づかれない可能性が高いので、何日かはきっとずっとあそこにあるだろうと思った。


翌日、2時間電車に乗って、目的地に着いたときには既に結構くたびれていて、でもそのまま一日中ばたばたして、帰路に着いたときにはすっかり夜になっていて、疲労が裏返って逆にニュートラルな気分のまま電車に乗って帰ってきた。上野駅に着いたので、駅からすたすたと会社まで歩き、誰も居ないフロアの施錠を解除して、トイレに入って見たら、やっぱり思ったとおり、僕の携帯があの場所にあった。着信が2件、メールが1件入っていた。メールは妻からで、着信は今日一緒にいた人からで、着信時間も一緒に居た時間で、多分、たまたま壁を隔ててお互いが見えない場所にいたときに、僕に何か伝えようとして間違えて掛けたものだろうと思われた。


自分の携帯を閉じてしまおうとしたら、まるでその様子を見ていてちょっと待てと言うかのようなタイミングで着信が入った。三重県に一人で住んでいる父からの久々の電話だった。元気かー?と言うので、こちらは相変わらずだねーと答えた。