夜のタクシー


後部座席に乗り込み、助手席シートの裏に大きく貼ってあるその車の運転手の正面から撮られた顔写真と記入された姓名を見つめる。初老の男性。タクシーに乗るといつも、その顔写真を見て、今、目の前で運転している人物の後頭部を見て、この顔写真と目の前の後頭部の人物が「同じ人」なんだということを妙に不思議なことのように感じる。(タクシーに、運転手の顔写真貼らなくても良いのに、といつも思う。最近はスーパーとかに行くと店長とかの写真も貼ってあったりする。嫌な世の中だなあと思う。)


運転はやや荒く、過減速の按配が急激で、車のスピードが変わるたびにがくんと前後にショックをうける。フロントガラスの向こうの夜のネオンや街灯の光が小刻みに激しく振動する。右へ曲がってしばらく走って、その後、左に曲がってまたしばらく走って、信号待ちの右折車を避けるように追い越してまた左に曲がって少し走る。その道の選び方が妙に適当な印象を受けるというか、曲がり方に規則性がないというか、目的地に向かって効率的な道順で走っているような印象をまったく受けないのは気のせいか。まあ、地元民やタクシーにしかわからないような裏道を選択して走っているのかもしれないが、正直言って駅から走ってきて現在、一体どのような位置にどちらを向いて走っているのか、まったく想像できない感じだ。そのうち街灯もないような真っ暗な道を走っている事に気づく。左右は鬱蒼とした森だ。木々が生い茂っている地帯の真夜中の恐ろしさを、久々に思い出した。夜の闇の、本当の黒さを垣間見た。こんな場所に置き去りにされたら、決して朝まで無事ではすまないだろう、とんでもなく恐ろしい目に会うだろうと確信されるような、夜の闇の奥底まで染み込んだ鬱蒼とした森。


やがて目的地についた。料金を払って車から降りた途端、震撼するような冷気が身体を包んだ。