飛行機


飛行機が離陸する瞬間の時速は大体200kmか300kmくらいらしい。新幹線と同じくらい。でも滑走路を走り始めてから離陸するまではあっという間で、停止状態からその数秒〜十数秒の間に、一挙にそれだけ加速する。いつも思うけど僕はあの加速が実に嫌で、肝を冷やすような速度で飛行機が地上を走り始めたと思ったら、いきなり全身がシートに抑え付けられて、そのままなすすべなく機体が不自然なほど上を向いてそのまま機体が地上を離れたときの、なんとも頼りないふわふわした不安定感が、何度経験してもあの瞬間だけは思わず死を覚悟してしまう。ところがあれが始まるとわくわくしてしょうがない、という人もいるというのだからよくわからない。。


離陸したと思ったらその直後に、機体を激しく片側に傾けて旋回するのも嫌だ。小さな窓ガラスの外の景色が、空や雲ではなく真下の地面を割合が極端に増えて、要するに自分が地上に対して身体を横にしているような状態のまま、飛行機の方は必死にコースを変えようとしている。なぜこんな事になるのかと思う。普通に離陸して何事も無く直進して普通に着陸できないものかと思いながら、高度を上げ続ける飛行機の窓から外を見ていると、空気はまるで海水のようで、飛行機の進行はその水面上をモーターボートで滑走しているかのような感じに思う。空気の層を切り裂きながら、ぽーんと跳ね上げられてまた着水したり、すーっとエレベータの急速降下みたいに高度をやや下げたりしながら、基本的にはまったくフライトに支障ございません、といった状況のまま、ひたすら飛ぶ。船が波にうたれてときに大きく傾ぎ揺れるように、飛行機も空気がこちらを押し戻そうとする威力に逆らって無理やりにでも進んでいく。


やがて、分厚く肌理の細かい雲の中に入る。きめの細かな糸が幾筋も外のガラスをなめるように流れ去っていく。機体すべてが小刻みに震えている。荷物の収納キャビネットが軋み、仲の荷物が内側からぶつかる音を機内に響かせる。やがて雲を抜けると、いきなり快晴があらわれる。絵の具の水色のような空と真っ白で深い光沢をたたえた雲が見え、窓ガラスを通して強烈な光が差し込んで機内を斜め45度の角度で照らす。照りつける太陽を避けて日除けの傘の真下に居て前景を見ているみたいな、複雑に乱反射する光の侵入をまったく拒む事ができない感じへと機内が色合いを変える。