高崎・深谷


車体とドアの隙間を埋めるためのゴムをぺりぺりと取り剥がして、状態を触って確認した後、運転席側のドアを開けて、あらかじめ挿し込まれているキーを回してエンジンをかけ、アクセルを踏んで音に耳を澄ます。前方に行ってボンネットを開けて中の様子を黙って見つめ、何かの細いレバーをぐいっと引っ張り出して、また元に戻した後、運転席に戻って、トランク開けるレバーどこかなと行って車内を見回す。そのとき僕はクルマの後部のへんをぼんやりと見ていたので、鼻腔の奥を刺すような匂いの生暖かい排気ガスが足元から立ち昇って来て前の方に逃げて、後ろのところがかなり行ってますねとNさんに言ったら、僕が指差したところをみて、あ、こりゃ酷いねと言った。白く滑らかな局面の、その勾配の途中から先端にかけて、おおよそ誤魔化しが効かないほどしっかりと内側に凹んでいて、形の変わり目にところどころ錆びの隈取が浮かび上がっていた。こりゃ直したら5万くらいかかるね、ちょっとこれはないわな、と言って、やっぱり、さっき見たやつだけだねとNさん。あれでいくらですかと値段を聞いたら、意外なほど安い金額で、えーそんなに安いのかと驚いて、目の前に並んでいる数千台もあろうかという車体の行列が、急に紙を並べたもののような安っぽいものに見えて、有価証券への変換待ちのキラキラした大きな箱が地平線の彼方まで整然と並んでいて太陽の熱に焼かれて陽炎を立ち昇らせつついつまでも待機しているのだなと思って、びっしりと並んだ車の隙間を歩いて施設内に向かった。大学の大講義室のような会場に入った後もセミの泣き声が頭の中でいつまでも鳴り響いていた。涼しい場所に腰掛けてモニターに表示されたまるで魚を開いて平らにしたような格好のクルマのイラストのところどころに手書きで文字や矢印が書き込まれていて連続表示される写真に付随した数値が目まぐるしい動きで変動しているのを見ていると睡魔が襲ってきた。容赦のないスピードの睡魔であっという間に意識が飛んでしまい、少ししてかろうじて取り戻す。ちょっと寝てれば?とNさんに言われて、いや大丈夫ですと答える。昨日は夕方から終電前まで呑んでいて、今日は朝の五時半に起きたので最初からけっこうくたびれていて、太陽の下にいるだけで消耗するし涼しいところにいると眠りに落ちそうになる。酒もなあ…と思う。酒も旨いけど疲れるなあ。でも呑むんだよなあと思う。程好い酸味と芳醇なアロマの香り。魚介類にぴったりですとか。旨そうで顔がほころび、胸が躍る。早く呑ませろと思う。バカバカしいけど、でもやめられない。そして朝はへとへとになっている。やがて、目当ての物件情報があらわれ、数値が急速に変動してやがて緩やかになって、やっぱ、これくらいはいくか、とNさんが無感動につぶやく。これだともう駄目なんでしょ、と言おうとしたら、終りだね、帰ろうかとNさんから言うので、そっすねと答えて、会場を後にした。深谷の温泉に寄った。真夏の炎天下の露天風呂で、直射日光にあたっている地面を裸で歩くと、子供の頃行った真夏の海岸の、岩の上を素足で歩くときの足の裏の熱さを思い出す。ぬるま湯のような温度の風呂に浸かりモミジの葉の緑色が複雑に折り重なっているのをぼんやりとみつめた。