北千住


駅のホームから階段を下って改札に向かって歩いて、行き交う人たち全員と、なぜか唐突に友達になってしまって、皆が笑顔で軽く会釈して通り過ぎていき、僕も一々すれ違う人々と、あ、どうも、ああ、どうもどうも、と挨拶しながら歩いたので、ほんの少しの距離を歩くだけなのに猛烈に疲れてしまい、仕方なく携帯で妻にメールした。新潮買った?買ってない。買ってきて。とりあえず気を取り直して、改札の手前まで来て、脇に佇んでいた痩身のスーツ姿で上品な雰囲気の眼鏡をかけた中年男性にも軽く会釈したら、その男性はこちらをちらと見て、目だけで微笑むような表情を僕に返し、そのまま鞄から小さな壜を取り出した。よく見るとそれは、焼酎のワンカップ壜だった。蓋をとって、壜をおそるおそる口元に近づけて、そのままぐっと上を向いて、しばらくそのまま静止していた。人は見かけによらぬものというか、意外な人が意外なことをするものだと思った。ふと視界の隅の方に長いものがあるので、うわぁヘビだと思ってよくよくみたら茶色のネコが長々と身体を伸ばして寝そべっていた。駅の構内にもネコがいるのかと思って驚いた。中目黒行きの電車が入ってきて、電車の細長い筒状の空間にだけ雨が猛烈な勢いで降り注いでいてその周囲の床だけが濡れて光っていた。