移動


人生の豊かさ、楽しさ、それを目指して、旅行に行くか。スーツを買って、色に似合う鞄を買って、ワインレッドの革靴を買って、おいしいものをを食べるか。ああ面倒くさいとさえ思わなければ、行きたい店にいつでも行きたい。とりあえず、散歩にでも行くかね。明日はどうしよう。でももう、充分幸せだな。少なくとも僕は。これ以上何もいらない。今がこのままずっと続けばそれで良い。仕事で疲れてる。睡眠不足でぼんやりしてる。休みはゆっくりしていたい。ゆっくり、のんびりがいいよね。そんなセリフもまた、いいよね。買い物に行こうか。外でも内でもまあ、どっちでもいいんだけど。日のあるうちに、雨のふらないうちに、宅配便の来ないうちに。向かいのマンションの入居が始まって明かりがぽつぽつとつき始めて、月が満月なのかそうじゃないのか見つめてもはっきりわからないまま、そのくらいの夕暮れの夜空を見上げて、紅葉ってまだ終わらないものだったか、例年どんなものだったか、左右上空に広がるまだらな赤褐色のひろがりを見上げて、ふと見やった先の、犬が視界の右から左にかけて全力疾走で横切って行った向こうの、子供たちの泥汚れの皮膚の上で乾いた埃が舞う路地のかすみが夜の闇と混ざり合った景色の手前の路地へと入って暗闇の中窓の明かりに挟まれてところどころ滲んだような矩形に淡く照らされた路地を通り抜けて、買い物袋の裏返した奥底の水分の溜まりを想像しながら家のドアを開けて、照明をつけて、窓をあけて、空気の入れ替えをして、何かがこわれていないか、綻びやひびや欠けが生じていないか、今までもこれからもたえず気にし続けて、一体このままどこへ。購入したものの劣化をおそれ、リース物件のコストを計算して、お互いの顔を見合わせて、無言のままにお互いを確認し合い、それにしても以前と較べると、最近はずいぶん、家にひきこもるようになったかもしれないので、この後またしばらくは部屋でじっとしていて、読んでない本を読み進めたいというのもあるし、出かけるよりも、家に居るほうが正しい選択のように感じもするし、でも正しい選択じゃない選択を選ぶ気分も常にあって、だから結果的には常に外を歩いて帰ってくるのだが、でもその一連の外出というだけで、何かがひと通り終わって、休みの一日が滞りなく終わってしまい、そのもっともらしい終わりかたの感じが、なんか気に入らないという気分があって。本当はもっと取り留めの無い退屈なもてあますような為すすべないような時間のはずでは、という思いがあって。でもまあ、僕は命令に従うのが好きで。でも命令を求める自分の剥き出しの姿として、それなら家にひきこもって待機しているのもそれなりにいいかなと。でも、明日は出かけるかね。命令ね。本を読み終わって、自分がさっきまでとは別の場所にいるのを感じるか。電車に乗るよりもはるか遠くまでいけてるか。とにかく移動したい。結局はそれだけだ。内でも外でも、どこへでも行く。どこまで行けるかだけ。