新聞小説


唐突に気になって、はらたいら。あの人もう亡くなったっけ?と言ってネットで調べたら、もう十年以上前に亡くなっていた。ウィキペディアを読んでいたら、うつ病など更年期障害に苦しんで、飲酒量が多くて肝硬変を患いやがて肝臓癌で死去、享年六十三歳とのことで、ちょっとはらたいらの、とくに晩年の更年期に関する著作を読みたいという気持ちになってきて、駅前のブックオフに行ってみたが、はらたいらの本は一冊もみあたらず、たまたま見つけた水村美苗「母の遺産―新聞小説」が三百円だったのでそれを買って帰る。


いい?教えてあげるわ、新聞の連載小説っていうのはこんな風にやるのよ、読者の興味をこうやって掴むのよ、と言わんばかりの、すごい迫力の書き出しで、なるほどたしかにこれなら読むわ、次回が待ち遠しくもなるわ、と思わず納得してしまう。なにしろ、母親が疎ましくて早く死んでほしいと思ってる姉妹の、その母親が思ったよりあっさり死んで、結局老人ホームに幾ら払っていくら返ってくるのか、全部でいくら使ったのか、そのへんを電話で話すときの対話が、貧乏人には呆然とするしかないようなすごい金額の具体的提示とともに展開され、そもそも姉も妹も東京に住む相当な上流層で、それでも主人公の妹は大学講師や翻訳業のかたわら自らの健康に不安をかかえていて、つまり更年期の色々な悩みをかかえているのに加えて、テレビで「文化人シャツ」を着て対談仕事などもする大学教授の亭主がどこかの若い女と何度目かの浮気進行中であることも薄々気付いていて…、もっと前に亡くなった父親は実質的に家から追い出されて病院「死を待つ人々の家」に結果として七年も入院した末の最期で…と、とにかく中高年には身につまされるような、しかしある意味下世話な興味を引きつけられずにはいられない要素が、第一話のはじめからがっつりと全部乗せで出てくるので、僕など俗な興味に完全に絡め取られてしまってもはや読むのが止まらないという体たらくで、現代風の谷崎的有閑世界なテイストも匂わせるけど橋田壽賀子とか朝の連ドラ風に綴られた富裕インテリ家系物語という感じで、文体のびしっと引き締まったところも主人公のイラつきと諦めな感じがよく出ていて気持ちよく、いずれにせよ続きが気になってしょうがない。