ホン・サンス「それから」


ヒューマントラストシネマ有楽町でホン・サンス「それから」を観る。最初から最後まで、完璧にホン・サンス。だからと言って、その職人芸の安定感を楽しむなどとんでもない。そんな余裕は全くない。つくづくこの作家はすごい。「自由が丘で」のときも思ったけど、ものすごく複雑な構成が仕掛けられているようにも感じられるのだが、よくよく考えると全然そうじゃない、というかそういうことじゃなく、その説明できなさが、またすごい。もはや世界最強と言って過言ではないのじゃないかと思う。


映画なら基本的に、そのシーンが始まったとき、映っている登場人物が誰で、映っている日時は大体いつ頃で、その前のシーンとはどんな関係や隔たりがあるのかを考え、納得したり予想したり保留したりしながら、対話内容の意味を受け止めたり、記憶にある別のシーンの出来事と繋ぎ合わせたり、頭の中で繋ぎなおしたり、さらなる予想を思い浮かべたり、そうやって色々と考えながら映画を観る。ふつうはそうだ。映画はその繰り返しで進んでいく。ホン・サンス「それから」も、それはそうなのだが、しかしその約束がもう、あとほんの一瞬で解けてしまうというか、実はところどころ解けてしまっているというか、これは本当に人間が作ったものなのかが、疑わしく思えてくるというか、どんな気持ちで受け止めたらいいものなのか、ほとんど困惑してしまう。しかしこれほど楽しくて興奮をともなう困惑がこの世にあるだろうか。


最後など、ほとんど笑い泣きしたくなる。「そんなのアリかよ?」と突っ込みたくなるのだが、同時に唖然としてるような。


それを支えている何か、普段は無意識にやり過ごせてしまえる何かが揺らいでいるというか、ふつうなら考えられないような本質的に危険な箇所に大きくヒビが入ってしまっているような感じがする。ものすごいものを観たと思うのだが、一つ一つのシーンはあまりにもわかりやすくて、映画全体を思い返しても、どのシーンもかなり明確に思い出せてしまうような気がするのが、さらにすごい。