伊丹万作無法松の一生」(1943年)を観る。これが無法松、これが阪東妻三郎か…。日本人がことのほか好む人情劇の典型的な登場人物。アウトローで喧嘩早くて直情的でありながらも、義理人情に厚く恋愛には奥手な、けして悧巧ではないが明るくて健やかな気のいいおじさんのキャラクターだ。そのもっとも初期のいわば原型のようなものか。

おじさんとはつまり、こうでなければ(こういう要素が皆無では)、人々に受け入れられないのではないかとすら思うほどだが、ここでの「おじさん」とは、たとえば僕よりもずっと若い男性で、定義としては、若者でなければすべておじさんの範疇となる。ヤクザやチンピラにもなり切れず、与えられた条件下で年相応に生きていくことの、ある種の諦念をかかえざるをえない三十代あたりの男性ということかと思う。

さらに四十歳を越えたらもうご隠居とかそういう扱いになるのではないか。少なくとも昔はそうだっただろう。