My First Chainsaw


必要以上に猫背になって、たどたどしく金属製の弦を押さえ、親指と人差し指でか弱くつまんだピックをあてがい、既に通電されていて低く唸るようにノイズを上げている6本の弦めがけて、生まれてはじめての、世界最初のストロークを敢行したのだろう。そのときである。小さなアンプから、電気的に増幅された金属質の不協和音が大音量で鳴り響いたのは。…それは猛烈に近所迷惑な騒音であったろうけど、しかし同時に、30年にもおよぶロック・ミュージックの歴史が、僕の目の前にはじめて鮮やかに露呈した瞬間でもあったのだろう。そして、エレクトリック・ギター・サウンドの魔法が空気を震わせつつ、部屋中に立ち昇るのを為すすべなく全身で受け止める他なかったのだろう。


しかし、いつまでもそのような、生まれたての新鮮な気分でギターをストロークし続ける事はできない。何しろ出る音は「ジャーン!」でしかない。この「ジャーン!」を、現実の世界に繋げていくにはどうすれば良いのか?この「ジャーン!」と、30年にもおよぶロック・ミュージックの歴史が、何らかの関係で繋がっている事をもっともっと確かめるにはどうすれば良いのか??…いや、もっと正確に言えば、僕は、この後どのようにしたら、あの曲やこの曲のように、このギターを弾けるようになるのか??この僕が、もっと確かに現実の世界と繋がるためには、どうすれば良いのか?人前でカッコつけるためには、モテるためには、どうすれば!?取り急ぎそれを可及的速やかに検討し、対処しなければならないのであった。


で、真面目に練習する。急がば回れを自分に納得させるのだ。かげで努力を重ねた者ほど、最後の勝利に近づくのは間違いない。僕は信じる。そして僕は武装する。ギターはそれだけでは全然何にもならなくて、これを利用して、これを最大限に使い倒して、どんな時でもやっていけるように、あらかじめ周到に手の技を磨いて、たくさん「武器」を仕込んで、それでこのギターを猛り狂わせなければいけない!いつか、必ず皆をぎゃふんと言わせる、とっておきの必殺技をなるべくたくさん隠し持っておく事!


で、練習して、はじめて皆と楽器を持ち寄って、でかい音で合わせてみたり、コピー一曲出来て狂喜したり、拙いオリジナル作品を作ってみたり、ベコベコするベニヤ板の即席ステージに立ってまばらな客の一人一人と目が合わないように下を向いたり…軽音君の青春はしばらく続くのであった。


…で、そんな事とはまったく無関係に、音楽はいつも、当然のように目の前にある。だから知っている曲のコードを覚え、旋律を追いかけつつゆったりとストロークしながら、耳に聴こえてくる音の心地よさに酔いしれたり、聴き慣れたフレーズが驚くような斬新な単音の行き来で作られていることに新鮮なショックを受けたり、そんな音楽的喜びとしか言いようの無い瞬間に何度も出会うのが、実は一番楽しい事に気づく。しかしその喜びの中には、培った演奏技術とかそこで知る事の出来た裏づけが含有されていて、それらは不可分ではない。そういう何か全てが渾然となった、曰く言いがたい塊としての音楽。その芳醇。


そしてとりあえず今、聴くことの出来る全ての音楽を、また最初からもう1回、はじめて聴くときのような気持ちで聴く。何度でもその新鮮な立ち位置に戻って来れるから、ギターを弾く。逆に、その位置が判らなくなってきたら、今度はギターから離れてみる。そしたら、また気持ちが新鮮になって、また音楽に向かえる。


で、今に至る。…既にギターを弾かなくなってから10年くらいたつ…。