AutoShaper


「就職活動をしていて感じるのだが、今の企業は、若者の個性とか挑戦意欲とかよりも、自分達にとって理解しやすく扱いやすい安定した人材しか求めていないように思う。」と発言した学生に対して、爆笑問題の太田が「でも企業の社長だって、自分の気持ちが"攻め"なら、個性とか挑戦意欲重視の採用をするだろうし、自分の気持ちが"守り"なら、逆に安定型の採用をするっていう事じゃないかな?」と言葉を投げ返し、その様子をテレビで見ていた僕は「いやー僕は10年前に先代の社長がたまたま超・攻めの姿勢だったおかげで何のスキルもないのに中途入社できたんだよねー」と言ったら、妻が激しく爆笑した。


いやでも本当にそれはそうで、何しろその会社はコンピュータ関係の会社なのに、当時の僕は入社した時点でまだパソコンに触った経験はほぼ皆無で、ハードとかソフトとかOSとかの意味すら理解しておらず、それどころかマウス操作だってほぼ初体験だし、キーボードの文字配列も全然わかってなくて、目でキーを探しながら両手の人差し指でキーインするしかできなかったのだ。もちろん最初はお試し期間だから、アルバイト契約で入った。それが98年の11月です。当時27歳です。今からキレイに10年前だ。ああ!入社10周年であった。。とにかくパソコンに慣れて下さいと言われて、毎日会社に言って、でも特に何もすることがないので、ひたすらインターネットを見たりしてた。たまーに社長が僕の後ろに来て「おぉー、やっとるなー」とか言うので、僕も「やってます」とか言って、そのままずっと定時までインターネット三昧であった。


でもインターネット閲覧ばかりだとそれもさすがに飽きてくるので、今度はOfficeアプリケーションの「オートシェイプ」機能にのめり込んだ。これ超面白い、と思って毎日それで何か書いて遊んでいた。あのマルやサンカクの矩形と文字と矢印とか線分を組み合わせてOffice文書に挿入できる簡易アートワーク作成機能である。パソコン初心者にとってはこれが無茶苦茶面白かったのだ。なんというか、色が素晴らしかったです。シェイプに対して、赤と黒の2色グラデーションを施すと、その諧調の何とキレイなことだろう!と驚いた。それまでモニタにRGB表示された色というものの経験が無いので、吸い込まれるような黒には本当に魅了された。かつ、Centuryとかのおそろしく美しいフォントもたくさん使えて、かつ、それにドロップシャドウまで可能だというのだからビビる。もう、可能性は無限大じゃないか!?と思わざるを得なかった。それからはもう、毎日のようにオートシェイプで丸やらサンカクやらを組み合わせて無意味に文字を重ねたりして、無意味な文書を作りまくっていた。で、それらは、最終的に、社内で使いまわせるパワポのテンプレになったり、素材ライブラリとして公開したり、プレゼン資料のカッコいい表紙になったり、何かになったり…という事は見事にまったくなくて、単なる僕の遊びとしていっぱい作られただけでした。そんな会社の役には絶対立たないだろうと思わざるを得ないようなファイル群であった。でもこのときの面白さがあったので、後でフォトショップとかをはじめて触ったときも、それほどの感動は無かった。いやまさかオートシェイプの方がすごい、とは思わなかったが。というか、フォトショップというアプリケーションの、層を重ねていくという画像古来の歴史と響くかのような思想に強靭なものを感じてそれは感動したけど、でもモニタ表示されたRGBのうつくしさの衝撃という根本的なレベルではオートシェイプへの感動が先だった。