栗きんとん


台所に居た妻が突然、只ならぬ様子で僕の居る部屋に入ってきた。切迫した様子の表情で両手を上下にばたばたさせながら、ぴょんぴょんと小刻みに足踏みしているので、いったい何事かと思って問いただすと、作っていた栗きんとんが、すごい上手くできちゃった、との事で、これほど上手くいくとは思っていなかったのに、できたものを食べたら予想以上の出来栄えで、驚愕するほどなのだという。そうなの??と言って、僕も制作の手を止めてすぐさま全速力で現場へ向かった。見るとまだ熱い鍋の底には黄色い粘り気のあるホイップ状のものが波打つようなかたちで小憎らしげに鎮座していたので、とりいそぎ小匙で適当にすくって口に入れてみたら、確かになかなかだと思った。僕は元々、甘いものはあまり得意な方ではなく、そもそも栗きんとんなどという食品は、只、甘いだけの、甘さをあまりにも無制限に開放し過ぎで従来の食品が湛えているべき緊張感を最初から放棄してしまったようなある種のマニエリズムであるようにも思えてしまい、今まではわざわざ好んで手を伸ばすような対象では無かったのだが、しかし今、目の前にあるそれは想像していたよりもずいぶん甘さが控えめで素材の味と歯ざわりや喉越しがはっきり感じられ、味覚として絶妙な塩梅に落ち着いているように思えた。すごいじゃない。お手柄だ。万歳しよう。ばんざーい。ばんざーい。と二人で喜んだ。そもそも栗きんとんの栗を包んでいるあの甘いペーストが、サツマイモであるという事を僕は今日、生まれてはじめて知った。そうかサツマイモだったんだね。すごいよすばらしいよ、とこたえ、また二人で手を取り合って喜び、あらためて万歳した。