警察


「主人」のために「忠」を尽くす事を本懐とする武士からみたとき、警察という機構ほど奇妙なものは無いだろう。第一、警察官と呼ばれる彼らが一体何のために「お役目を果たして」いるのか、その理由がまるでわからないだろうから。


1872年、日本に警察制度を打ち立てる事を目的の留学中、滞在先のフランスにてパトロール中の警察官の振る舞いを毎夜毎に観察していた川路利良は、ある日「ポリスは人民の保母也」という言葉を思いつく。「主」のためでもなく個人の名誉のためでもない、まったく新しい価値観がこのフランスの社会には共有されており、それを保護する役割の職業があるのだと。我々は今の段階で、その職業が担っているもの、そこで保護されている何かを、言葉を使ってあらわす手段を持っていないのだが、それでも無理矢理既成の言葉にあてはめるとすれば、それは「保母」に近い何かなのだ、という事である。


高崎正風は帰国後の川路に、やはり留学時に「パリのポリス」について体験した事を話す。ある日、うっかりと馬車の中に手提げ鞄を置き忘れてしまったのだが、その後8日ほどたってから、ポリスから「鞄を預かっているから取りに来い」と連絡を受ける。取りに行ってみると、鞄の中身は一品も失われていなかった。高崎は非常に驚いたというのだ。(そういう事はあり得ないはずだからである。)高崎は礼のつもりで、そのポリスに謝礼金をいくらか渡したところ、そのポリスはそれを受けとって領収書を書いたのだそうである。(これが制度というものなのだ。)


フランスの警察は、ナポレオンの第一帝政時代にジョゼフ・フーシェによってうちたてられた。この時代、ナポレオンの軍事独裁政権の繁栄は絶頂の極みであり、フーシェはその中心人物のひとりとされた。いわばフランス帝政そのものと云って良い人物であり、その人物の手による制度が「警察」である。警察とはフランス帝政そのものであると言っても過言ではないだろう。…しかし、ナポレオンの没落後も、フーシェは生き残る。そして警察制度も生き残るのだ。フランス帝政と共に歴史の藻屑とはならず、機能し続ける。


「なぜならば警察はナポレオンの私物ではなく、文明の公器であるからだ」川路は感情に突き動かされて、高崎にそう説明する。…警察とは「主」が没落しても生き続ける事ができる、文明の公器であり人民の保母なのだという。高崎正風はその台詞を川路から引き出せた事に満足する。それは今後予想される激しい内乱においても、川路の警察が文明の公器として機能させる事の証明だから。たとえ、内乱の主が川路の神であったとしても。