大島弓子「ダイエット」について(vol.3)


(vol.3)ではとりあえず「2.家族関係」に視点を変えて考えてみた。福子の家は、母親と再婚した義理の父親と腹違いの妹という家族構成である。そして福子は全編通じて基本的に家族への親愛の気持ちが薄いように見える。もはや豊かな関係を取り結べてもいないし、お互いがお互いを苦しめあうだけにも思えるような状態に成り果てていたとしても「家族」という共同体の制度としての磁場は強烈であって、依然として従来の人間の繋がりをもって、古来の価値観を押し付けてくるかのように作用するのだ。おそらくそのような作用の匂いを嗅ぎ、福子は強く反発している。私はそれを絶対に拒否する!そんな歪んで腐った家族の関係と較べて、私と数子との交友関係は、貴方達と違って完全に新しくてもっと私たちの為に作用して、そして柔軟なのだ!と。


福子の母親は、痩せた福子の顔を見て「私を捨てたあの夫の顔がここにある!」と真っ先に思うのである。…このシーンはユーモラスにも見えるけど、結構怖いシーンだ。…その後も母親は、福子が見知らぬ男性(角松)に二度も家まで送ってもらったのを見て「ボーイフレンドがいるなら紹介しなさいよ」と言うのだが、福子が「あれは友達のボーイフレンドだ」というと猛烈に、烈火の如く怒る。「あなた自分のやってる事がどういう事かわかってんの!?」「その友達の気持ちを考えたことあるの?!!」福子にとって、この言葉ほど心外なものはない。福子はおそらく心の中でこんな風に思っていただろう(やや固云い方だが)。…私は、かつてのあなたとあなたの亭主のような、自分だけが大切だという観点から行動している訳ではない。友達のボーイフレンドに家まで送ってもらう程度の事が、その友達を裏切る事になるという考え方の方が、自己保身的で固苦しくて昔っぽいつまらぬ考え方だろうと。私には何の後ろめたさもないし、私の友達(数子)も、そんな事をくよくよ考えるような詰まらない人間ではないのだ、と。あなたの立場と数子の立場は全然違うのだから、勝手に感受移入しないでほしい、と。


しかし、翌日福子は、いつものように数子に話しかけて、はじめてと言っても良いくらいの明快さで「拒否」の態度をとられるのだ。角松にクリスマスプレゼントを贈るなら私の分もおまけにして一緒に渡してくれという提案を「いや」と一蹴され、じゃあ、今日デパートにプレゼントを一緒に見に行こうという誘いも「パス」と断られる。。(しかしここも大島弓子流の描写で、あまり冷たく痛ましい感じには描かれていない)「もしかして、数子は昨日のお母さんみたいに、いじいじしているのかしら?」その不安を抱えて歩いているときに、やけに仲睦まじい親子の姿を見かけて、少しイラツキを感じる。しかしそれは何を隠そう、自分が5歳のとき家を出て行った本当の父親と、新たな奥さんとの間にできたのだろう(福子にとって義理の妹にあたる)小さな女の子の姿だったのだ。


その事でこんがらがった気持ちを、またいつものように数子に話して憂さを晴らそうとして、そこで更に偶然、角松に真相を質している数子を見かけてしまう。…僕は前日までの文章でたぶん少し、数子を良く捉えすぎている。それまでの僕の書き方だと、数子はまるで何も云わずに堪え忍ぶ女、みたいだが、物語の中では、数子はかなりちゃんと「いじいじ」しているし、嫉妬に心を捕らわれてもいる。そして、直にその事(角松の本当の気持ち)を角松に質してもいる。「ほんとうは角松君は福ちゃんに会いたいんじゃないのかなあと思って…」各描写にまるで重みがないので、あんまり気にならないのだけど、このシーンではそれはしっかりと描写されている。


福子は今も昔も、完全に新しくてどこまでも高く深い場所にまで行ける筈の、私と数子だけの素晴らしい関係を信じているけど、そんなときの数子の態度を見たりしているうちに、その自信とか確信がはじめて若干揺らぐのである。。で、おそらく福子が「痩せよう!」と決断するのは、そのような瞬間なのだ。


…終盤で、本当の父親との再開も苦いものに終り「家族」というものに対して残っていた最後のひとすじの期待も潰え、…福子は今まで以上にはっきりと明確に、新たな価値を成就する希望を、少しずつ胸のうちに育て始めるのだ。従来の家族という制度に変わる、まったく新しいネットワークを想像して、それを希望するのである。それを実現させるためにはやはり数子が、そしてもっと新しい何かが必要なのだと。


体を壊して入院した福子は、お見舞いに来た家族の面会を拒む。ここではっきりと福子は従来の家族に属する人々をすべて否定しているのだが、この箇所の描写も大島弓子流で、とてもさりげない。(ご家族の面会まで拒否されたのにあなた方とは会うみたいね、という数子と角松に対する看護師の台詞でのみ示される)