読み始めて冒頭からかなり「すごい!」と思わされたまま、最後まで一気に読んでしまった。半日以上電車移動してた日だったために今日一日だけで読了。これは面白かった。ものすごく陰険で陰湿でほとほとウンザリするような、しかし表面上は異様に明るく笑顔と笑い声が満ちてるような「学校」という場の、クラス内仲良しグループとか部活とかの執拗な描写が陰惨で実にものすごいが、主人公がかなりどっちつかずの中途半端なやつなので、そういう微妙な感じの匙加減が絶妙で、陰惨な世界を軽蔑はしているが完全に距離をおくことも出来ぬまま、この小説を読むというのはそういう場において主人公の見るもの聞くものを一々丁寧に体験していく事に等しい。このオープニングでの理科室のシーンは実に素晴らしいなあと思う。木製の椅子の軋みが本当に聴こえてくるようだ。
にな川や、友達の絹代もすごく良い感じの登場人物で、とくに絹代はすばらしいと思った。こういう、物語が始まった時点で既におそらくもう主人公や主人公の属する世界から離れようとしているような、要するに小説の中ではどちらかというと敵側、に居るような、主人公にとって不穏な香りをかすかに放つような人が、それでも同時にしばしばすごく魅力的にあらわれて来るというだけで、もうお話として圧倒的に素晴らしいと思う。主人公にとっては、にな川よりもむしろ絹代と一緒に居るときのほうが「デート」みたいに、何を話せば良いのか戸惑うとか、ものすごく魅力的なシーンだ。
綿矢りさの作品ではいつも比喩がすごくいい感じだ。すごく華麗に上手いこという訳ではないのだが、作品全体の基調やリズム感に見事にそぐうかたちでの、慎ましくも効果的な比喩がたくさんある。この点では「インストール」よりも「蹴りたい背中」の方が全然良いと思う。比喩の場合、これについて、こういう言い方で、ばしっと冴えた感じで決めたい!…などという気持ちの方が先に出てしまうのが一番良くないのだろうと思うけど、「蹴りたい背中」ではちゃんと世界全体がすごく良い色に暗くくすんでいて、その中で冴えた比喩表現が過不足なく置かれてびしばしと決まるので、それで何事かが見事に説明されて、ある事について内実が与えられ命が吹き込まれて、小説全体がふくよかさを増していきながら、流れとしてすごく堂々と展開していくので、本当に確固たる何かがゆるやかに流れていくような感じがするので、読めば読むほど引き込まれていく感じに思えた。まあ、こういうグルーブ感というのが、小説の良さという事なのでしょうかね?
主人公のにな川に対する気持ちの説明の付き辛さの匙加減もまさに絶妙だ。色々言いたくなるけどなかなか言えない感じ。愛情とか憎しみとか疎ましさとか苛つきとか、そういう手垢にまみれたことばだけで説明できない何がしかの感触。もちろんクラスのくだらない雰囲気から超然と身を引き離しているにな川に、ある種の共感を感じてはいるのだけど、でもにな川がにな川のまま、あのキモイままで居る事を許容する事にも微妙に抵抗があり、もっと痛い思いをして傷ついてほしいし、甘い夢想を砕かれて苦い現実を思い知ってほしいとも思うのだけど、でもやはり共感もあって、自分をわかってほしい気持ちも強くて、私はあなたをわかっているのだということだけでもわかってほしい、という気持ちもあって、色々あって困るのだが、でも痛いのを喜び合うような不潔さは嫌で、だから連帯することもできず、結局、今の一方的な思いのまま、このままでもあってほしいのだという、とても絶妙なバランスの糸の上の出来事で、そのどっちつかずな中途半端さが本当に何度も繰り返すけどまさに絶妙な匙加減という感じに思えて、とても楽しかった。