(vol.2)ではとりあえず「3.外見の美しさ/醜さ」という事を念頭において書いてみたつもりだが、そもそも容姿の美しさみたいなことが、本作ではとてもよそよそしいものとして捉えられているような感じがある。その美しさというものが、一体誰に属するもので、誰を喜ばせるものなのか?各登場人物はそのあたりの感覚にも極めて無頓着だ。…この物語では、福子がまるで変身するみたいに何度も何度も痩せたり太ったりを繰り返す。親友の数子から「形状記憶合金みたい」と言われるほど、急激に外見を変貌させる。福子が痩せようと思ったり元の体型に戻ろうと思ったりするのは、その都度、思い立つきっかけとなった何かしらの出来事がある。で、その出来事と理由がまるで一致していないように思える。それがなぜ、変容する理由なのかがイマイチわからないのだ。
普通に考えて、痩せてる=美しい、太っている=醜い、というのが誰でも納得しやすい訳だし、ましてや福子は痩せると、もう文句なしにとてつもなく美しい女性なのだから、なおさらそういうのにもとづいて、自分の外見イメージを自分でコントロールしたいのでは?と思うし、それが比較的簡単にできるのなら、それによって何らかの企みを実践しようとしてるのでは?とも思いたくなるのだけど、どうもそういう事では全然ないようなのだ。要するに簡単にいえば「痩せてキレイになりたい」とか「もっと輝きたい」とか、そういうところとは全然違う地点からスタートしている。そのあたりがまずこの物語を読む際の驚きとしてある。福子のダイエットには、それをするもっともらしい理由というか、痩せる意味、が読み手からはイマイチ見えないのである。福子という女性は、痩せる事で享受できるだろう様々な良い事にも、まるで無頓着なのである。なにしろファッションモデルのオファーが来るくらい皆から文句なしで承認されるレベルの美人だという設定なのに、それにもほとんど関心がない。もちろんそういうのにことさら背を向けるあからさまな反・自分の態度でもない。ちょっとばかだけど憎めない感じのかわいい娘…みたいなイメージでも全然ない。…このわからなさ・掴みづらさ・捉えどころの無さ、は、「ダイエット」という物語のとても魅力的なところであろう。
福子が最初に痩せようと思い立つきっかけは、福子自身の段取りによって親友の数子が出会ったばかりの角松と上手くカップルになりそうな気配を感じたことである。そこで自分も痩せた姿になって、週に一度くらい二人のデートの後をくっついて行きたいと希望するのである。そして、そのダイエットはあっさり成功し、周囲を動揺させるほど美しくなった数子は希望通りふたりのデートにくっ付いていくのだが、その際、角松から想定外の紳士的態度で接される事でぽーっとしてしまい、たちまち「やっぱり元の体型に戻ろう」と決意する。なぜあの人は私にそんなに優しくしてくれたのか?「あのひとの本心を知りたい」から。というのである。
「太ったとしても ときどき デートに わりこんでも だいじょうぶだと思う?」
「だ・だいじょうぶじゃ ないのお!?たぶん」
「少し 安心した あとは太ってみるだけ」
この会話の訳のわからなさはものすごい。一体何が、だいじょうぶだというのか?だいじょうぶじゃない状態とは、どういう状態の事なのか??ここではまるでわからない。…しかしその後、簡単に太って、元の体型に戻ってしまった福子は、なおも角松の紳士的態度が変わらない事を知って、「そいじゃ、もう無理して痩せることないや」と思う。(それもすごい結論だと思う)そしてもちろん数子は、少しずつその事態に傷つく。数子はいよいよ…角松の心の中に自分はいないのかもしれないという想像を、冷静に受け止め、少しずつ、今、何をすべきか、全体がどのようになるのが一番「おかしくないか」を自分を感情にいれず冷静に考え始めるのだ。
一方の福子は、そんな数子の気持ちなど想像もしていないかのようだ。この後福子はもう一度痩せようと思い立つ。実の父親と義理の妹にあたるその娘の仲睦まじい姿を目撃してしまったからか、数子と角松が結局上手くいきそうなのを見てしまったからか、ここでもなぜだか明快にはわからぬままに、一気にまた痩せてしまう。本当に変身しているかのように。
再び痩せた福子はその後、実の父親に電話をかけ、試しに再開してみて、何とも手持ち無沙汰で気詰まりな思いを感じざるをえない。「やはり過去の幸福追求は難しいものがあった」…あるいはここで、既存の関係から幸福を生成させる事の不可能性を思い知ったというか、それを追い求めるのは無理だという諦念を得たのかもしれない。そして深い孤独の中で、数子と角松の事を思う。主に数子のことだけを、深くいつまでも思い続け、ふたりと待ち合わせした約束の場所にはあらわれず、山手線をぐるぐる回り続ける。
その後、福子はもう一度元の体型に戻ろうとして、そして遂に失敗する。嘔吐してしまい、拒食症となり、入院してしまう。これほどまでに柔軟なこころに比して、身体という物質の何と壊れやすいことだろう。あれほど非現実的に(まるで変身譚の如く)ころころと外見を変えていた癖に、既に福子の身体は大きなダメージを受けていることが、ここで明るみに出る。