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やる事が山積みになっていて、とにかく手近なものから取り掛かろうと手を伸ばすと、その手の上にいきなり別の新たな事案がばらばらと降りかかってくるほどの慌しさ。朝から急かされ、緊張が続き、落ち着かず、気分がささくれ立ち、自分という存在がもう、「今やっていた事とこれからやらなければならない事のあいだ」にある緩衝材のようなものとしか思えない。そのような状態で疲労困憊して、ひとまずちょっと休憩しようと思い立って、さっと外に散歩に出てみたのだが、街並みや行き交う人々やクルマの行列や、信号の青い輝きをぼんやりと見つめていても、胸や頭の中に篭ったままの煙い熱が一向に引かず、むしろ今、ちょっと小休止している事すら、忙しさの中で、自分の体内に煙る熱にうなされるようにして、無意識に枠付けられたかたちの、ダミーとしての小休止でしかないという事を感じる。今こうして歩いていると、一刻も早くオフィスに戻りたくなるし、オフィスに居れば、外出したくなる。たぶんそんなときの僕は、いくら物理的に移動したとしても「今やっていた事とこれからやらなければならない事のあいだ」から逃れられない存在である。いやむしろそのときの僕は存在ではなくて、「今やっていた事とこれからやらなければならない事の間」によって生成させられたものである。というか、「今やっていた事とこれからやらなければならない事のあいだ」がスムーズに連結しようとするために緩衝材が敷かれるのだが、どうやらそれらしい。