江藤淳「日本と私」


表題の作品を先日図書館で借りてきてから読んでいる(江藤淳コレクション2:ちくま学芸文庫)。たぶん再読の筈だがかなり忘れているので初読とかわらない。痛ましいというか滑稽というか身につまされるというか笑うというか、とにかく楽しくて読むのをやめられない感じである。


ある場所に、いきなり何かを作ることの唐突さ、その滑稽さ、馬鹿馬鹿しさ…それはたぶん、行為自体への違和感でもあるが、むしろそれまで、その場所がそのようであったことの時間の堆積というか、今までの記憶が共有されてなかった、という事が、何かが作られた事で、はじめてあらわにされた、という事なのだと思う。


何かを作るというのは、まず何よりも、今までの景色を変更してしまうという事である。作った物自体が云々以前に、作ったものによって、今までのイメージを遮蔽してしまう。観る者は基本的にまず第一に、そのことの衝撃を感じるのである。そして、それまで如何に私が他と何も共有していなかったのかを、はじめてまざまざと知る事になるような体験なのだと思う。