かわいい女


一日中、中央線に乗る日。一日中、チェーホフを読む。もう今日は、頭の中がすべてチェーホフ。客先で担当者と話してるときも作業中でもずーっと物語の中にいる状態のままで、胸が強く鼓動しっ放しで、顔が紅潮して油断すると涙が出てしまいそうな気分のまま、リーザのことやオーレンカのことやアンナ・セルゲーエヴナのことを考え続けた。「中二階のある家」「イオーヌイチ」「往診中の出来事」「かわいい女」「犬を連れた奥さん」「谷間」「いいなずけ」まで、先ほど読み終わった。これらの物語を、落ち着いた安定した場所で「素晴らしい」などと言っても仕方がない。というか、そんな生易しいものではない。直接むなぐらを掴まれて前後に揺さぶられたようなものだ。良いも悪いもない。只、呆然とするしかない。というか、逃げ場の無い状況で何かを突きつけられた感じで、たとえこの後、何週間か過ぎて、今日読んだお話の細部や登場人物のことが記憶から薄れて、やがて忘れてしまったとしても、何かを突きつけられて決断を迫られたような、切迫したある種の感触だけは、きっといつまでも残り続けるのだろうと思う。