最近


これを書いてる今日は十月十四日の木曜日。今の時点で十月三日のことなんて覚えてない。でも簡単なメモが残っていて、それを見ると一日中読書していたようだ。というか、別にメモなんか見なくてもおぼえている十月三日。そう。読書していました。たぶん。朝から、寝るまでひたすら読んだ。小説を三つか四つ読んだ。


今日は十月十四日の木曜日。ちょうど一週間前が、十月七日である。十月七日は最悪だった。十月七日のことならまだ、ある程度おぼえている。おそろしく大変な一日であった。翌日十五日も同じ状況のまま、鬱々と時間を過ごし、しかし夜の八時を過ぎたあたりで状況が一挙に変化して、何もかもが振り出しに戻ったのだった。あれはすごかった。でも、今書くべきは十月の三日。三日というと、七日の出来事のさらに一週間も前のことになる。いつの事なのかそんなの。もう何も記憶に残ってない。そんな日が実在していたかさえ定かではない。いや、あるな。十月三日があった事の感触はまだ少しだけ残ってはいる。今、それをここに書こうとしているのかどうかは自分でもよくわからないが。


ちなみに今書かなくても良い事だけど、十月六日の火曜日には会社の帰りに渋谷のユニオンに寄って、Basic Channelで唯一所持してなかったBC-03「Lyot Rmx」を買った。でも今更そんなの買わなくてもいいのになあと思いながら。渋谷の人込みはすごい。汚らしい夜の湿り気に満ちた街並み。渋谷にはうんざり。銀座線や半蔵門線の端っこが、渋谷に触れているのを想像するだけでうんざりする。二子玉川も駒沢学園も、皆渋谷の息がかかっていて、そのことにまんざらでも無い様子なのが苛々させられる。なぜもっと毅然とした態度でいられないのか。超然とするべきではなかったのか。でも、それでたしか、十月十日か十一日にも渋谷に行った。そのときも人は大勢いた。フランダースの光という展覧会を観た。その後、食事しようかと思ったが、レストランが混んでいてうんざりしたので帰ったのだ。いや違った。秋葉原に行ったね。でもそれはまた、十月十日か十一日になったら、あらためて書こう。


今日(十四日)、ブラタモリを見ていたら、丸の内の特集をやっていて、銀座から新橋にかけての、あのレンガ造りの高架の下には、十メートルにもおよぶ松の杭が地中に打ち込まれているのだということを知って激しく驚いた。ちょっと泣きそうにすらなった。酷い。なんという徹底。今のエンジニアが100人かかっても、当時の職人ひとりにかなわないのではあるまいか。いったいどういう情熱が、そういう計画を実現させるのだろうか。だって普通無理でしょそんなのふつうは。一日一本で、一万九千本の杭を打ち込んだ。一万九千日をかけたのか。一万九千日という時間が実在するのだろうか?十月三日が実在したように?