ワイト島のジミヘンドリックス


ふいに、ワイト島のジミヘンドリックスのことをを思い出した。死ぬ数週間前の演奏だ。あの不機嫌な表情と苛立ちに満ちた態度のことを、思い出した。ものすごいストレスにまみれた、鬱屈した、怒りとかなしみと諦めの混ざり合ったような物憂げな表情だ。サウンドセッティングがまったく整わず、モティベーションもまるで上がらず、インスピレーションや反射神経の満足のいくレスポンスからも完全に見放されたまま、ステージに立ち、客の前で演奏する。自分で自分が放つ音にはげしくうんざりする。たまらない思いをかみ締める。いつもならその場でどんどん高揚して遥かな高さにまで昇っていけるはずが、今日はまるで逆の向きを真下に一直線で、負のスパイラルまっしぐらで、それでもなんとか、目の前に拡散する音たちをつかまえて、その中にとどまり、死に物狂いでそこに浸ろうとして、無理やり演奏に没入しようとするのだが、フィードバックはまるで思った通りに空間を変容させず、イメージは充分な広がりをまったく持たぬまま、湿った不発の花火みたいなありきたりの展開でことごとくしぼみ、そのまま虚空へと消え去っていく。そのたびに、眉をしかめ口元を歪め、露骨なまでの怒りと嫌悪を表情にあらわして、ああもううんざりだ、もう嫌だという態度を隠そうともしない。ため息をついて首を何度も横に振る。いつまでも制御外のままカン高く鳴り響くハウリングに苛立ち、力任せに足元のエフェクターを踏み付ける。ベーシストに対して激しく罵声を浴びせ、そうじゃないんだ、そうじゃないんだと拒否を示す。どうしてこう何もかも上手くいかないのか。自分で自分が嫌になってさらに深みにはまる。まったくの泥沼だ。ドツボにはまったまま絶対に浮上できそうもない。最後は力なくギターを肩から外してその場にどかんと投げ捨てて舞台袖に戻ってしまう。・・・でも実は、ワイト島のジミヘンドリックスの演奏は、そんなに悪い出来じゃないのだ。それは今や定説だ。むしろ無数にあるライブ盤の中でも、比較的よくまとまった、ちゃんと聴くに値するものだ。たしかにいつものキレが感じられない濁ってくぐもったような音や、ところどころに見せる投げやりさは気になるものの、次の局面では悪しきコンディションに向かってまともに立ち向かおうとする強烈な迫力を垣間見せたりもする。繰り返すが、あれは、そんなに酷い演奏ではないのだ。まあ、演奏の良し悪しがどうのこうの、という話でもないのだろうけど。でもその仕事は、決して悪くないのだ。だから、そんなに苛付くことはなかったんだよ。いまさらだけど。