公園通り

じつは半月ほど前にまたiPhoneを地面に落として、画面のガラスが割れたのだった。で、ようやく修理予約を入れて朝から渋谷のappleストアへ。土曜日の朝九時半頃の公園通りを歩きながら、前方を歩いている男女の姿をみて、あの人たちはもしかするとこれから出勤なのかしらね、などと話す。若くてカジュアルな格好の男女たちなのだが、皆一人ずつそれぞれ適度な間隔をあけて同じ方向へ無言で歩いていく様子を見ると、なるほどあれはまさに出勤の姿だろうなと思われる。渋谷の色々な場所で働いてる人たちだろうと。

予約時間より三十分も早く着いてしまったので、向かいにある喫茶店で待つことにして狭い地下の階段を下る。ドアを開けると照明の絞られた店内は思いのほか広くて、幾つかのテーブル席が並んだ狭い第一の地下フロア、その奥の短めの階段を降りてさらに無数のテーブルが整然と並べられた第二の地下フロアに分かれるようだ。ドア付近の席に座ると下のフロアを見下ろすことができるが、すぐ傍の太い柱などに隠れて店の全容まで見通すことはできない。全席数はかなり多そうで、先客も少しはいるような物音や話声が聴こえるが、自分の座った位置からは空席が並ぶばかりで誰もいないように見える。

予約時間になったので店を出て向かいのAppleのビルへ。三階まで上って受付を済ませてやり取りをしている間、巨大な窓から向かいの建物が目に入ってくる。ああ、なんだあの教会だったのかと思う。入ったことないけど、渋谷のこの教会は昔からある。ふだん渋谷にほとんど来ない僕でも知っている。さっきまで僕らはその教会の地下にいたというわけだ。ということは、だとすると、あの有名な渋谷ジァン・ジァンのすぐ近くに、我々はいたという事か。渋谷ジァン・ジァンは僕は一度も行ったことはないが、店名だけはさすがに知っている。というか、渋谷ジァン・ジァンはすでに閉店して今はもうない。調べたら2000年に閉店したらしい。そんなに昔のことだったのか。

で、だとすると、いやちょっと待てよ。さっきいたあの喫茶店だけど、もしやあれこそが、渋谷ジァン・ジァンの跡地なのでは?と思い至る。うーん、たしかに喫茶店の間取りとしては少し変わっている。さっき店を見回しながら「なんか渋谷のセルリアンタワーの中のライブハウスっぽい」とか、妻と言っていたのだった。

しかし渋谷ジァン・ジァンという店がこれほど広い空間をもつ場所だったのかどうかは不明である。ちなみに、現在は隣に「公園通りクラシックス」というライブハウスがあり、これこそが渋谷ジァン・ジァンの跡地そのものではないかとも思われるが詳細不明。なにしろ元を知らないのだから、わからなくてもしかたがない。

修理は無事完了。新しいガラスはほんとうにキレイだ。もう二度と割りたくない、のだけれどもやはりカバーやケースの類はしたくないのだ。すでに筐体上下左右は黒の塗装が所々剥げて無数の凹凸にまみれているのだが、こういうモノって使い込んでボロくなるのが味でしょと思うのだがどうか。半蔵門線で大手町へ。今度は妻のiPhone機種変更のためソフトバンクへ行く。SEは無いのかたずねると、そんな古い機種はもうないとのこと。他所のショップにもないですかねと聞くと、他所までは把握してないので在庫のある店もないとは言えませんけど…と曖昧な返答。それで念のため上野に移動して、広小路前のショップにも聞くが、えー三年前の機種ですよそんな古い機種あるわけないでしょと一笑される。…そうなのかと引き下がって、ちょっと作戦を練り直すことに。妻など自分の希望内容が世間ではもはや非常識でこのままだと希少人種の扱いを受けかねないそんな現実を思い知ったという顔をしておりやや項垂れているが、まあそれほど大げさに考えることもないと思うのだが、古いものがよければSIMフリーの中古とかを狙うのがおそらく一般的なのだろうけど、僕自身にもそういう経験実績がないので、いきなり中古を買うのは二の足を踏んでしまう。で、そういうことをきっかけに、ふだんロクに確認もしない電話会社の料金プランとか契約内容とかデータ使用量とかを見て、色々と考えるわけだが、こういうことを考えているその時間自体が、なんともおそろしく勿体無い、密度のない無駄な時間の気がしてきて、わー!もうどうでもいい!と投げ出したくなる。というかこういうのは、普段からまるで呼吸の一環ででもあるかのように、電話とかそういった世界の情報に関するそんなことばっかり考えている人というのが世の中にはきちんと存在していて、僕の職場にもその手の「聞けば即答さん」がいらっしゃるので、週明けにでもその人に相談して指示を仰げば良いだけなのだ。そうだった、そうしよう、ひとまず棚上げにしましょうということになって、まだ日も高いというのに二人そそくさといつもの居酒屋に逃げる。