今聴いているのは、Joey Beltram - Live Mix。1997年リリース。当時はテクノばかり買っていたが、でも自分のことを、テクノばかり聴いてる人ではないと思っていた。カテゴライズしても、きっとそういう人ではないのに、なぜかテクノばかり買う人、だと思っていて、他人事のように、不思議なものですね、とか思っていた。だから買ってるものが誰のどういう作品なのか、ほとんどよくわからないまま、適当に買うことが繰り返された。今思えば、要するにターンテーブルを使った音楽を、ヒップホップであれテクノであれ、とにかく聴きたかったということなのだろうが、当時はその事自体すら認識できていなかったはずで、ただその感じ、というだけで聴いていた。というか、要するにもうこれからは、細かい情報はもう事前に仕入れませんよ、と思って、色々適当にいいかげんに買うようにしていた。たぶん。でもJoey Beltram - Live Mixを買った理由は、ほぼただ一つで、途中で針が飛んでる箇所がある、ということ、それただ一点で、そういう前情報はちゃんとわかっているのだから、真相はむしろ、情報至上時代のまっただなかかもしれない。だった。ということで、と、そういうことで、ちょうどこれを書いてる今、その箇所が通り過ぎたところだ。どうでもいいような、感じ。まったくどうでもいいことでしかない。でも、そういうのに、やたらと血眼になっていた。おそらく今でもまだ、ネタによっては、いくらでも血眼になるはずだ。


ウィキペディアで見たら、Joey Beltram は71年生まれで僕と同い年。でも僕が聴いたことあるのはClose Grind、1996年とLive Mix、1997年だけ。


iPhoneにも、似たような音楽が数百曲だか数千曲だか入っていて、毎日聴いてるけど、最近さすがにうんざりしてきた。なんでまあ、こんなに毎日毎日、飽きもせず似たようなものばかり聴いてるのか…と思うわけではないけど、たまにかかる特定の曲を聴くと、ああまたこれかよ、と思ってうんざりする。まるで先生のお説教がまたはじまったような感じだ。馬鹿じゃないのかと思うくらい、ばかな音楽が、まったく能天気に元気一杯に鳴り響くと、ほんとうに脳細胞がぼろぼろと壊れていく感じがする。まじでいいかげんにしろと思う。でも、じゃあ大きく入れ替えるかと思って、別のアルバムをチョイスしても、まあこんなものかなと思ってしまうところもある。なにしろ再生は常にアプリのDjay2でAutoMixさせているので、それに合致するような曲ばかりになるし、それに合致しない曲ももちろん放り込むけど、それはそれだし、放り込むなんて考えもつかないような曲が数千曲もあるので、でもそれはいったい何?と、だから何?と思うが。


…それにしても、Plastikman の新譜はつまらなかった。いまだかつて、Plastikmanの音楽を面白いと思ったことが一度もないのに、このたび新譜を買ってしまった自分が悪いのだが、なんか昔と全然変わってなくて、いつものように、じつにつまらない。でも世の中には、Plastikmanの音楽が好きな人もいるのだと思うと、すごく不思議な気がする。浅はかなやつなら、これを書いてる僕のことを「こいつはミニマルをわかってないに違いない」とか思うのかもしれないが、僕はミニマルはさんざん聴いているつもりだが、しかしそれでも、どう聴いてもPlastikmanはつまらない。というか、これってミニマルと言えるのか?と思う。それがわかってない証拠だ、ということなのだろうか。でも、だとしたら、自分は一生わからないし、わからなくてもいいかも。単なる趣味・趣向の問題なのかな、、よくわかりません。しかしPlastikman は全然つまらないのに、Richie Hawtin のMIXはどれも歴史的と言いたいくらい素晴らしいからな。それがあるから、Plastikmanも聴くけど、でもやっぱりつまらない。