たいていの事は本気出さないし、コミットしないし、面白がってもいないけれども、もし目の前にお店があって、そこに入るなら、そのお店は信じたい、というのはたぶん僕の中に、まだある。あの居酒屋あのレストランあれが食べたいこれが飲みたいは、前ほど思わなくなったが、いいお店はいい、というのはそうだ。いいお店は殺風景で、客は客で自分たちのことに忙しいし、店の従業員は従業員で自分たちのことに忙しい。自分の座ってる後ろを誰かがすーっと歩き去っていって、また誰かがすーっと歩く。注文したものが全部揃ってしまったら、これが自分の残された寿命だと思える場所がいいのだ。座ってる席の周りは暗闇で、後ろ側には川の流れ。水の流れる音が聞こえる。カウンターの縁をぐっと力を込めて持つ。振り落とされないように、しがみつけるように準備する。一口、口を付ける。そのまま杯を呷ると酒はもう半分もない。死が近づく。緊張が高まる。別れの挨拶の準備、身支度をする。最期まできれいに、人前で最低限整えて、人並みに逝けるように。不満もないし満足でもない。そういうことではない。とり急ぎ、型通りで始末のいくようにだ。